『パーニニ文法学講義』(臨川書店)読了
このたび、川村悠人先生から『パーニニ文法学講義』(臨川書店)という書籍をご恵投いただきました。
……って一回言ってみたかったんですよ!なんてったって私は孤高の研究者ですから、新刊の献本はこれが人生初になります。わーい。
……とまあ寂しい身の上話はこのくらいにして、ちょっと読んだ感想を記録しておこうと思います。
感想
とにかく全体として、この本はすごく画期的だと思います。私が授業でパーニニ文法を習ったのは2018年位なんですけど、「その時にこれがあったらあんな苦労しなかったのになあ」というのが正直な感想です。
「パーニニ文法学」は、その名前の通りパーニニのAṣṭādhyāyīっていう文献が中心にあるんですけど、パーニニ以外の後代の注釈者たちの研究の蓄積を踏まえてでないととても読めたものじゃないです。その辺を勉強できるようにするための導入としては最高だと思います。
このパーニニの恐ろしいところは、サンスクリットの文法記述(普通に英語で書いたら数百ページは必要)を数十ページ程度の量に入れきってしまったという点だと思います。ですが、それ故に極度に簡潔で、どうしても理解するのにはパーニニ以外の手による注釈が必要となります。
今まではわかる人に習うか英仏独語の入門書を利用しなきゃいけなかったので、日本語でこういう充実した内容のものが読めるようになったのは研究史においてすごく意義のあることじゃないかなと思いました。
内容の中心は、パーニニ文法の基礎知識・研究史・工具書紹介に加え、素人的には一番気になる基本的な名詞の格形と動詞の活用形の派生方法の解説になってます。これはすごくありがたいですね。その間におもしろいコラムがいくつか入ってます。
パーニニ文法って恐ろしく複雑なので、最初から通して読もうとすると心が折れそうになると思うんですが(多少知識がある人間にとってはこんな読みやすいパーニニ入門なんてないと思うけど)、こういうコラムが入ってることで、興味が継ぎ足されるというか、読み続ける気力が出てくるのでとてもいいんじゃないかなと思いました。
で、やっぱり今までは人に習うしかなかった学習と研究のための工具書類みたいなのも、その内容に対する概略とか特徴みたいなのも含めてちゃんと解説してくれてます。だからもう偉そうな先生にわざわざ頭を下げて習う必要はない……とまでは言いませんけれども、だいぶハードルは下がったんじゃないかなと思います(それでも恐ろしく高いですが)。というわけで、私的にはとにかく面白いし良著ですという感じです。
一方、一応言語学の専門家として思ったのは、近現代の言語学との接続・関連のところで音声学やブルームフィールドしか言及してないのはちょっと寂しいかなと。
例えば188ページにある8.4.68は現代の生成音韻論の基本になっている基底と表層の考え方を2500年先取りしているという恐ろしい記述なので(パーニニ文法全体から基底と表層の意識は感じられるんですが、ここは特に生成音韻論そのままという感じ)、これをとっかかりにして生成音韻論につなげてみたりしたらパーニニのヤバさがもっと分かるような気がしました(まぁそういうことは去年出た著作の中でLowe先生がやっているのかもしれないんですけどね)。
とにもかくにも、川村先生わざわざ送ってくださりありがとうございました!面白かったです!一言でまとめるとサンスクリットの中級以上に進むような人は買わない理由がないような内容の充実度でした!