天職を生きる
天職とは、天から授かりし
定めのことである。
英語では、calling vocationといい、
そこには、特定の職業に、
神から召された使命感が伴って
いるのである。
社会人となるにあたり、
英語の教師という職業を得たが、
それは仕事では、あったが、
天職ではなかったわけである。
今思えば、教師という仕事を
通して、「あなたの天職を見つけ
なさい」ということだったわけで
ある。
だから、教育現場の抱える深い
闇をことごとく見てきたわけで
ある。
それゆえ、「楽しい」とか
「ワクワク」とか、そのような
感覚は、ほとんどなかったのである。
「なぜにこのようなことに
なるのだろう?」
「日本の未来はどうなるのか」
自問自答の日々が続いたわけで
ある。
仕事を辞め、ウガンダに行き、
ボランティアとして、野球指導をしても、同じだったのである。
途上国の抱える深い闇を
見せられるたびに、自問自答の日々だったのである。
「なぜ世界はこのようなことに
なっているのだろう」
「どうしたら、世界平和を実現できるのか」
帰国後も、ずっと考えてきたことで
ある。
そうこうしているうちに、
自らの家族が崩壊し、断絶したわけである。
世界の平和どころではなくなったのである。
これまで出くわしたことのない。
そのような恐怖と向き合い、
また自問自答したのである。
「どうやって家族の平和を取り戻すのか」
生まれて初めて、自分の家族と
とことん向き合い、自分自身と向き合ったのである。
家族にとことん向きあうとは、
すなわち自らに注がれた両親からの
愛をとことん思い出すことである。
両親の愛を拾い集めるために、
莫大な時間とエネルギーを
注いだわけである。
気づけば、本当の家族が戻って
きたのである。
これまでのような、カタチだけの、
家族ごっことは違う。
本物の家族が、戻ってきたわけで
ある。
この感覚こそ、自分が家族に、
求めてきたモノだったわけである。
すべては、この家系に生を受け、
この家族に育まれたゆえに、
直面できた問題であり、
解決できた問題だったわけである。
そして、ここに至り、家族問題の
平和的解決が、世界の問題の平和解決に前駆するという考えに至ったわけ
である。
もし、自分を救ったやり方で、
他人を救うことができるならば、
これが、天から定められし我が天職
である。
両親の愛、ご先祖の愛、
そして、神の愛。
愛に気づけば、自分=Iの
天職に、気づくことができる。
jobでなく、vocationに生きる。
そういうことを伝えたいわけである。