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万祝博覧会に行ってきました

 とても充実した展示で、勉強になりました。会場へ向かう前に、オンラインで万祝シンポジウムに参加したこともとても良かったので、色々感じたことをまとめておこうと思います。長くなると思いますが、よろしくお付き合いください。


博物館ならではの臨場感

 会場の千葉県立中央博物館に初めて訪れました。チケットを購入し入場すると、万祝博覧会の展示会場となっている第1企画展示室と第2企画展示室に直接向かえる入り口の手前に、常設展示室に通じる入り口があり、会場となるフロアのレイアウトの前知識無く訪れた私は、この常設展示室に向かう入り口から進みました。

 結果的にこれが功を奏したと思います。
 房総半島の地学・生物・海洋などの常設展示を先に巡ったことで、この地域を構成する自然の概要がイメージでき、こういう場所にあった漁村の大漁祝いの晴れ着、またはユニフォームとして万祝(まいわい)があるのだと感じながら、数々の貴重な現物を味わうことができたからです。
 博物館ならではの臨場感を楽しませていただきました。特に、海洋関連の展示では鯨類の骨格標本を目の前で見ることができ、海と暮らす人々の歴史や様子に想いを馳せられたのが良かったです。これだけ雄大な海と暮らすということは、チャンスと危険が背中合わせの日々であったことが伺えます。だからこそ、大漁の時は思い切り喜び、感謝し、分かち合うという心につながるのだろうと感じました。

 博物館入り口には、関連イベントの藍の生葉染用に栽培されているアイのプランターが配置されており、これも博物館らしいなと感じました。

既に収穫された後と思われるアイのプランター(千葉県立中央博物館入り口)

 もう一つ、綿のプランターもありました。綿と絹の糸を引くイベントも企画されているようです。

体験イベント用に栽培されている綿(千葉県立中葉博物館入り口)

 私が訪れた日はミュージアムトークとアイの生葉染のイベント開催日でした。博物館ならではの関連イベントも充実しており、体験できる内容のバリエーション豊富なのが興味深いです。近くに住んでいたなら、会期中に何度も通ったと思います。


万祝の実物大集合

 メインの万祝の数々は、本当に見応えがありました。静岡から房総半島を経由し青森にかけて太平洋側に分布する万祝文化の、各地の特徴を見渡すことのできる貴重な展示となっていました。
 裾模様や背模様に採用されるモチーフにはいくつかのパターンに分類される特徴があり、景色・生物・漁の道具・縁起の良い神様や力士などが独自に組み合わされ、注文主の世界観を表現しています。そんな中で私が特に興味深く感じたのは、「大漁祝い」として制作し関係者に配布されたという性質から、裾模様や背模様に描かれる縁起物のモチーフに、各漁場の特徴的な海産物や漁に使われた道具が採用されているものが多いということでした。当時の漁の様子を垣間見ることのできる資料として貴重な側面を持っているという点が面白いと感じたのです。
 襟横や背模様の横に制作年が入れられていたり、船の名前が染め抜かれたりもしているため、紺屋の万祝の注文台帳と合わせて確認することが可能な場合は、その万祝が作られた背景について詳細に遡ることが可能な「媒体」となっています。

 特に印象に残ったのは、潜水服を着用した漁師のモチーフが染め抜かれた万祝です。初めは潜水服だと分からず、宇宙服だと勘違いして眺めていました。ブカっとしたツナギに腰ベルトが巻かれ、空気の層を顔の周りにキープする丸いヘルメットをスッポリと被った漁師が染め抜かれているのです。これは、海に潜り手作業で収穫する鮑(あわび)漁において昭和初期に潜水服が使用され、尚且つ大漁となった年の記念のモチーフだということがパネルで紹介されていました。それを読んでから再びその万祝を眺めると、これを紺屋に注文した漁師さんと仲間たちはどんなに誇らしかっただろうかと感じ入りました。

潜水服を着用した鮑漁の様子が裾模様に染められた万祝 岩手県立水産科学館蔵(万祝博覧会図録より)

 各地の趣向が凝らされた万祝のモチーフの数々は、民藝運動の共鳴者として全国各地の工芸を調査して回った染色工芸家・芹沢銈介(1895-1984)の創作にも影響を与えたということです。ここ数年、芹沢さんの型絵染のカレンダーを毎年楽しみに入手しているので、そうだったのかと万祝に親しみを持つ気持ちがまた深くなるような気がしました。 

 個人的に好きなデザインは、宮城・岩手南部で流行した3本線を交差させて作る格子柄「三丁格子(さんちょうごうし)」の地模様で仕立てられたもの。とても粋に見えました。
 そして、この地域は東日本大震災において甚大な被害を受けたところでもあります。被災地の博物館で津波を被り泥だらけになった保管用の棚から救済され、研究員さんの手により復旧された万祝が、ガラス戸のケースの中で一際デリケートな灯りに照らされながら展示されていました。胸が傷むような気持ちになる一方で、一所懸命作業に当たられた方々のお気持ちや労力を思うと、こうして救出し保存してくださるお志に深い感謝の気持ちが湧いてきます。過酷な日々を経て前を向き、物語を引き継ごうと手を動かしてくださる方がいるから、こうして「知る」ことができる。本当にありがたいことだと思います。

充実のペーパーアイテムと映像資料

 この博覧会の、展示物の補足資料として準備されたパンフレット類・図録・映像が本当に充実していて、とても楽しめました。それだけでなく、入場チケットからもう可愛いのです。万祝のモチーフが配置された素敵なデザインです。

万祝博覧会の素敵なチケット

 万祝博覧会の広報用のフライヤーは以前の記事にデータで掲載させていただいたのですが、こちらも夏らしさの感じられる爽やかな配色で、素敵でした。
 
 そしてさらに素晴らしいことに、会場で放映されている映像資料がYouTubeで公開されており、いつでも誰でも観ることができるようになっています。

 さらにさらに、映像解説パンフレットと大ボリュームの映像解説書もデータが公開されているのです。とにかく「万祝をみんなに知ってもらいたい」という強い思いが伝わってくるような展開です。
 この映像資料では、現在も万祝を染めている「鴨川萬祝染鈴染」という工房の作業工程を丁寧にリポートされていて、とても興味深かったです。特に藍色の地の部分を「引染(ひきぞめ)」と「甕染(かめぞめ)」と技法を使い分けて染め上げ、色の変化をつけている点が面白いと思いました。それぞれの作業内容と出来上がりがどう違うのかは、ぜひ映像かパンフレットのデータでご覧いただきたいです。

 こちらの工房の作業で使われている染料・顔料は化学合成のものですが、昔の各地の紺屋では明治時代後半くらいまで、天然の顔料や発酵建ての藍甕で染められていたのだろうと思います。
 上記の補足資料から、万祝作りに使われる染料や道具に相応の現代化はありますが、工程の手作業に大幅な変化は無いように見受けられました。豆汁を作る道具にミキサーを使用しているとか、型紙を彫る小刀がアートナイフになっているとか、そういった変化があるものの、豆汁に顔料を混ぜて色差しをするとか、型紙を手作業で彫るとか、そうした重要な作業の流れは今も昔と変わらない様子です。とにかく手数の多さ。そして「待つ」時間が要所要所に必要なこと。効率だけを追い求めていたら、できないことだらけです。本当に貴重な装束だということが分かります。

 それから、もちろん図録も充実の内容です。カラーの図版が豊富なことはもちろんですが、展示されていたほとんどのパネルのテキストが収録されているのではないでしょうか。参考文献も細かく記載されているので、万祝についてより深く探索したい人にとって有効な手引きとなる一冊だと思います。実際に、初めて万祝の世界を知った私にとって、貴重な資料となっています。

ミュージアムショップも楽しみました

 ミュージアムショップでは、万祝の型紙から起こされたモチーフがデザインされたTシャツや手拭い、クリアファイルなどのステーショナリー、拙著『伝統色藍 7つの秘密』を含めた染色関連書籍が販売されていました。もちろん大充実の図録も入手できます。
 特に手拭いは、この博覧会のためにオリジナルで作られたもののようでした。青色の濃淡で染め上げられた、海の波頭に鶴と亀のモチーフが配置されて素敵です。手拭いって、便利なんですよね。鞄に1枚入れておけば、「拭く」のにも「包む」のにも使えるし、「隠す」という使い方もできる。さっと首元などに「巻く」こともできるし、有事には「ほっかむり」も可能。特に出張先で重宝するので、私は素敵な柄と出会うと入手するようにしています。またコレクションが増えて嬉しいです。

 本当は会場で現物をご覧になることを強くお勧めしますが、スケジュールのご都合や遠方にお住まいで叶わない方は、図録の通信販売をお勧めします。この一冊を眺めるだけでも新しい世界を垣間見ることが十分可能だと思います。(8月31日まで通販対応をお休みされているようです)
 オンラインショップのご利用は、下記リンク先よりお願いします。


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