「破滅13面待ち」20230903
今日は11時半に起きた。緩やかに生活が最悪になってきている。
駄目とわかっていることを何故やってしまうのだろう……
noteを書くタイミングがよくわからない。日の終わりに書いた方が良いのかもしれないが、気力がない。Eat that frog法に倣えば、私にとってnoteはカエルである。
昨日はご飯を炊くのに水を入れるのを忘れて破滅したし、生活が……生活が……。
こういうマイナーインコンビニエンスの積み重ねで徐々に何らかのポイントが溜まっていっているのを感じる。これが巷で言うキチゲというものなのだろうか?しかし発狂して暴れたい気分ではない。暴れるよりも「暴れられたい」ような気がする。
私には人生のゴールらしきものがない。夢を叶えるとか何事かを成すといった目標がない。故に自動的に我がゴールは「破滅」となる。しかしまさしく私は破滅を甘美する。実際のところ、私が人生で一番待ちわびているのはそれなのだ。
ハンターハンターのヒソカというキャラクターは、「崩すのがもったいなくなるくらい高く積み上げたトランプタワーを一瞬で崩す」ことに快楽を見出していた。あの感覚に近い。より俗っぽく言えば、オモコロの「水の泡倶楽部」に近い。
私が堅牢に積み上げてきた健康、地位、人生の誉れ、想い出、信仰、愛、何もかもをいっときに簒われるような日を夢見ている。それはいつか必ずやってくるが、できれば待つよりは迎えに行きたい。
それは自害のような行為を意味するわけではない。むしろあれはそういう泡沫夢幻から一番遠い行為だろう。トランプタワーのある部屋から出る行為だ。
迂遠な表現しかできないが……。「破滅のカード」は、どこまで転げ落ちた後でも切れる。MTGでいえばインスタントのカードだ。故に私はずっとリラックスしている。私にとって社会的失敗とは甘美の奈落からの呼び声にすぎない。ある意味で無敵の人のメンタリティに近い。
なんだか歪んで見えるが、健康的な見方をすれば「諦念」をうまく活かしているともいえる。これは星野源が行っているものに近い。
もっとも私にとっての破滅とは死とは少し違うのだが、「けもの道からの解脱の褒美」という点は一致する。
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