滝沢朋恵「AMBIGRAM」
2023年末発売。滝沢朋恵4枚目のアルバム。
AMBIGRAMというタイトルを見たときは、ambientとインスタとかのgramを合わせた造語なのかなと思ったが、調べたらデザイン系の用語のようだ。
1 春風
しんとした空気に叙情的なギターの旋律が響く。記憶の風景をじっと追って眺めているような視点の曲。これは滝沢朋恵の曲に共通したものだけれど。
サビのコーラスはメインの歌声に合わせるというより、それぞれ孤立した歌声が重なり、呼応しているようにも聴こえてくる。目を瞑って聴いていると、「狩人の夜」のワンシーン、老婆と殺人鬼の聖歌が重なるあの美しいシーンが浮かんできた。
2 交信
電子ドラム(たぶん)とシンセの音色になんだかニューウェイブ感のある曲。80年代にMTVでMVが流れてそうな曲の雰囲気。フィリップ・グラスのfloeを思わせるようなラストのシンセの音色が交信の応答を待っている。
3 sirar
タイトルがよくわからないので検索したら、シララ伝説というアイヌの姫のお話が出てきた。おそらくその話に着想を得たのであろう歌詞の曲。
4 グッドバイ
電子音が前面に出た曲。ギターは断続的な短いフレーズを繰り返すのみで、離別を表現しているかのよう。なんでこの曲リード曲にしなかったんだろう?と思うくらい一般受けもよさそうな曲。
5 雪灯
雪の降る夜の歌。シンプルな弾き語りにフルートが風の音のように吹き抜けていく。
6 リンドウ
伸びやかな歌声のサビが美しい曲。無機質なビートを徐々に様々な音が彩っていくアレンジも聴きごたえがある。
7 duda
ラテンな香りのする曲(内省的な方の)。序盤はスパニッシュな悲哀を感じさせ、途中から転調し、ラウンジっぽい感じに。
8 まほう
男性ボーカルとユニゾンの曲。こどもが口ずさまなそうなこどもの歌。
9 数え歌
小気味よく差し込まれるアレンジの際立った曲。様々な音が物語を展開させ、心地よく聴ける。
10 しんきろう
シンセとメタリックなギターが印象的。ドラマチックな作りの曲。
11 ラッコの貝
ドリームポップ的なアレンジの曲。水面に浮かぶラッコの姿を想像させるような浮遊的なサウンド。
12 白い花
シンプルでメロディの美しい曲。前作の最後の曲もそうだったけど、最後にシンプルな曲が来ると初めは地味に感じてしまうが、よく聴くととても沁みる曲。
これまでの3枚のアルバムもそれぞれアプローチが違ったと思うけど、今回もまた新たなアプローチのアルバムだと思う。だいぶジャンルを跨いだアレンジになっている印象。電子的な音がこれまでより多かった気がするのは、別名義でやってる実験音楽的な活動の影響もあるのかもしれない。
変わらずにあるのは、滝沢朋恵の音や言葉から広がる風景。マドレーヌ菓子をかっ食らうひきこもりが作った感覚記憶装置のように、歌詞では何かを見るたびにそれが記憶や風景を浮かび上がらせる。音楽は匂いのようにそこへ誘ってくる。そこに広がっているのはおとぎ話のような淡い風景、「本の中」に入り込むように、音と歌声が描くその風景に魅せられる。なんだかこう書くと尾崎翠のようでもある。
自分は滝沢朋恵の音楽について何もわからないし、表現できる技量もない。そもそも何が魅力なのかもよくわかっていないのだが、それでも彼女の音楽に惹かれるのは、その音と歌声がまさにその形容できない感覚を抱かせてくれるからなのかもしれない。
それは定義したり言い切ったり結論づけたりするものではなく、それは現象で、ただ感じることしかできない。あるいは、ひょっとすると、それこそがまほうなのかもしれない。
きっといつか、多くの人がまほうの存在に気付いて、この美しいまほうに掛けられてくれたらとてもうれしい。