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『サルカール 1票の革命』 作品トリヴィア
インディアンムービーウィーク2019(2019年9月開催)で上映した『サルカール 1票の革命(原題:Sarkar)』のトリヴィアについて、Twitterに掲載したものを再掲します。
IMW上映作品はどれもまっさらな状態で観ていただいて充分に楽しめるものです。ただし『サルカール 1票の革命』のように、小ネタが多く仕込まれている作品は、それを知っておくとより楽しめるかもしれません。以下に幾つかをご紹介します。決定的なネタバレはありません。
(初出:2019年9月/ 2021年10月加筆)
『サルカール 1票の革命』の邦題の副題は、テーマソングともいえる「Oruviral Puratchi(直訳:指1本の革命)」から。作品未見の方は、ソングビデオではなく、この歌詞動画での予習をお勧めします。歌唱は、人口13億の国でスタジアムを揺るがす音楽家のA・R・ラフマーンです。
自由な普通選挙を行う国として最多人口であるインドは「世界最大の民主主義」を自称しています。非識字層も選挙に参加できるように投票マシンが使われます。劇中で政党のシンボルマークについてのやり取りがあるのも、このマシン上に文字だけでなくマークが表示されるからです。#サルカール #IMW pic.twitter.com/C7wntPEps6
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
#サルカール の舞台となるタミルナードゥは特に政治と映画が熱い州。州政治の頂点に立つのはChief Ministerと呼ばれる州首相。一方、州知事(Governer)というポストも存在します。本作に登場する州知事は、デリー出身のシク教徒という設定。#IMW pic.twitter.com/h1wqu3GIuK
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
『#サルカール 1票の革命』の副題は、テーマソングとも言えるOru Viral Puratchiから。直訳は「指1本の革命」 。インドの選挙で用いられる投票マシンを押す1本の指、そして投票を終えた印に特殊インク(数日間消えない)をつけられる指のことをさしています。#IMW
— 【インド映画上映】インディアンムービーウィーク/ SPACEBOX (@ImwJapan) August 25, 2019
タミルナードゥはまた反中央の指向性の強い州としても知られています。1967年を最後にして、全国政党である国民会議派は政権の座についていません。国政の場での現在の与党BJPも、タミルナードゥでは単独での政権獲得の目はありません。#サルカール #IMW
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 1, 2019
タミルナードゥ州ではDMKとAIADMKという二つの地域主義政党が代わる代わる政権を担当しています。#サルカール の制作会社Sun PicturesはDMK党寄り。そして劇中では現在のタミルナードゥ州与党であるAIADMK党への批判が縦横に繰り広げられています。#IMW
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 1, 2019
[補足]
▶︎ Dravida Munnetra Kazhagam; DMK(ドラヴィダ進歩連盟)
タミルナードゥ州には英国統治下時代から「ドラヴィダ運動」と呼ばれる反バラモン・反北インド・タミル至上主義的な政治運動が存在した。その運動を通じて地域政党が生まれ、いまも大きな勢力を保っている。1944年にドラヴィダ連盟(DK)が創設され、1949年に同党から分離して、映画脚本家C・N・アンナードゥライ(1909-1969)がDMKを創設した。アンナードゥライの死後、映画脚本家から政治家に転じたカルナーニディ(1924-2018)が党首を務めた。彼の死後、三男のM・K・スターリン(1953-)が後を継ぎ、DMK党首に就任した。
▶︎ All India Anna Dravida Munnetra Kazhagam; AIADMK(全インド アンナ・ドラヴィダ進歩連盟)
ドラヴィダ進歩連盟(DMK)の創設者アンナードゥライの死後、「MGR」の愛称で知られた人気俳優、M・G・ラーマチャンドラン(1917-1987)が、DMKから離党し、1972年に立ち上げた政党(その当時の名称はADMK)。多くの作品でMGRと共演した女優ジャヤラリター(1948-2016)は1982年に入党し、1984年に上院議員に初当選。1987年のMGRの死後、後継者を巡り混乱が起こるが、ジャヤラリターが党内抗争を制して党首となる。1991年の州選挙では会議派と組んだAIADMKが選挙で勝利を収め、ジャヤラリターが州首相に就いた。ジャヤラリターは長年党首を務めたが、1996年に出所不明の巨額資産保有が摘発され、2014年の裁判で懲役4年と制裁金を課す判決が下り、州首相を失職。2015年の保釈後に州首相に復帰し、2016年の死没直前まで務めた。現在の党首はE・K・パラニサーミ。
A・R・ムルガダース監督は、タミルナードゥ州で2011年から2021年5月までの10年間与党だったAIADMKへの厳しい批判者として、作品中にさまざまな形でメッセージを込めることで知られている。
【参考資料】
「10億人の民主主義」(広瀬 崇子編著/ 御茶の水書房)/ 南アジアを知る事典(辛島昇ほか監修/ 平凡社)/ Business Standard/ OneIndia/ Jayalalithaa wealth case: timeline of events (The Hindu/ SEPTEMBER 27, 2014)/ Jayalalithaa: a political career with sharp rises and steep falls (The Hindu/ DECEMBER 06, 2016) / DMK chief M Karunanidhi's family tree (India Today/ 2013)
タミルナードゥ州の反中央の心意気は、時折大きな盛り上がりを見せます。最近では2017年のジャリカットゥ運動。タミル伝統の牛追い祭りを、動物愛護の観点から最高裁が禁止したため、州内で反発が起き、大衆運動となりました。これについても劇中で言及があります。#サルカール #IMW
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 1, 2019
▶︎ 2017年のジャリカットゥ運動をまとめたWikipediaはこちら。
運動の背景には、動物愛護団体の上位カースト的価値観への反発、最高裁に代表される中央への反感があり、タミル語圏の民族主義と合体して異様な盛り上がりを見せました。外からはマスヒステリーともみなされたこの運動は、タミル民族主義者には重要な文化的事件となったのです。#サルカール #IMW
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
▼ジャリカットゥとの関わりが深いタミル映画10作品を紹介する記事はこちら。
タミルナードゥ州の地域主義政党、DMKとAIADMKは、それでは民意に沿った政治を行ってきたかといえばそんなことはなく、収賄やインサイダー取引などの汚職、ネポティズム(縁故主義)、ポピュリズム(ばらまき政策)、個人崇拝、世襲など、政治的不正のデパート状態。#サルカール #IMW
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 1, 2019
DMK党首カルナーニディ氏(1924–2018)とAIADMK党首ジャヤラリター女史(1948–2016)はこの二大地域主義政党の看板でしたが、この二人の死去によってタミルナードゥ州の政治状況は重しの取れた状態となり、一気に流動化しました。#サルカール #IMWhttps://t.co/3NOigsSU6n
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
カルナーニディ氏とジャヤラリター女史、汚職まみれの政治家ながら、共に映画界出身でカリスマは巨大でした。特に2016年末の現職の州首相ジャヤラリター女史の病死のインパクトは大きく、同年11月のインド全体の廃貨と相まって、騒然とした世相になりました。#サルカール #IMW pic.twitter.com/lomfhnvQZU
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
本作での重しの取れた感じは #サルカール というヒンディー語の題名にも。タミルナードゥ州には税制上の優遇措置を使いタミル語映画の題名を事実上タミル語に限定するという政策がありましたが、2017年のインド全域での物品・サービス税の導入によって、これは無効化しましたhttps://t.co/TBK55mDyGZ
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
もう一つ、#サルカール では煙草の扱いも挑戦的です。タミルナードゥ州出身のアンブマニ・ラーマダース氏は2004-09年に中央政府の保健相でしたが、この人が強力な反喫煙・反アルコール政策を推し進め、インド映画の喫煙・飲酒シーンには断り書きが入るのが常態となりました。#IMW
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 1, 2019
反喫煙・反アルコール政策の影響で、メジャー映画のヒーローが喫煙・飲酒するシーンは大幅に減りました(悪役はこれまで通り)。この政策は今も変わっていませんが、どういう訳か本作でのヴィジャイはこれでもかと格好をつけて煙草をふかしています。#サルカール #IMW pic.twitter.com/EGI6277JfX
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
しかし #サルカール での重しの取れ具合としてダントツなのは、何といってもAIADMK党の党首だったジャヤラリター女史へのどぎつい批判。ヴァララクシュミが演じる強力な悪役の役名はコーマラヴァッリ。これはジャヤラリター女史の本名だと言われています。 #IMW pic.twitter.com/T1IHdwvEHR
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
また劇中で党ナンバー2の胸ポケットに入れたスマホが着信する、何でもないショット。党首からのコールであることが着信画像で分かるのですが、これは党員がこぞって党首ジャヤラリターの肖像カードを胸ポケットに入れて忠誠心を誇示したAIADMK党への痛烈な皮肉です。#サルカール #IMW pic.twitter.com/GgQL98Ytel
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
そしてパラ・カルッパイヤーが演じる有力政党党首が実はお隣のケーララ州の出身という設定。劇中で「タミル語の読み書きを習っておいてよかった」という意味の台詞をマラヤーラム語で喋るシーンがあります。これもまた、創立者がケーララ人だったAIADMK党への皮肉です。#サルカール #IMW pic.twitter.com/1x4DOzJDpr
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
また、#サルカール には、ポリティカル・スリラーのお約束、現ナマ満載のコンテナも登場します。現実に、2016年5月にタミルナードゥ州コインバトール市で57億ルピーの現金を積んだトレーラーが警察に押収される事件が起きています。#IMWhttps://t.co/lZ402EFyyz
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
これはジャヤラリター女史の政治資金だったと言われていますが、女史はその押収された現金に対して何らかの手段を講じることもできず病に倒れ、同年末に他界しています。ヴィジャイが演じる主人公によるこれをあてこすった台詞に注目です。#サルカール #IMW pic.twitter.com/7bWCaqZiiG
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
ヴィジャイ演じる主人公の批判は、地域主義政党のポピュリズム政策にも及びます。特に槍玉に挙がったのは、莫大な公費を投じての生活用品や家電の無料配布・超低価格頒布。しかもそうした品々にはご丁寧に党首の肖像がマークのようにあしらわれているのが常です。#サルカールhttps://t.co/ovZBml2RtQ
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
とはいえ最もスキャンダラスなのは、選挙での票の売買/成りすまし不正投票の常態化。成りすまし投票の被害者を救済するためballot vote(マシンではなく特別支給の投票用紙による投票)を定めた公職選挙法49Pという条項は #サルカール によって一躍有名になったそうです。https://t.co/UFBlWrzfbE
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
ところでヴィジャイ演じる主人公、スンダル・ラーマサーミという名の米国巨大IT企業のCEOのキャラは、グーグル社の現CEOであるスンダル・ピッチャイ氏から名前を拝借してきたものと思われます。ピッチャイ氏はタミルナードゥ州マドゥライ市の出身です。#サルカール #IMWhttps://t.co/yeHuMurTte
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
また主人公スンダルはラーメーシュワラムの貧しい漁師の息子という設定です。これは同地方出身で貧しい家庭に生まれながらインド共和国大統領(2002-2007)に上りつめたアブドゥル・カラーム氏(2015年没)に対して捧げられたオマージュなのでしょう。#サルカール #IMWhttps://t.co/VEKutDKEs2
— インディアンムービーウィーク(Indian Movie Week Japan) (@ImwJapan) September 2, 2019
本作には他にも、バンガロール拠点の多国籍IT企業インフォシスの創業者N.R.ナーラヤナ・ムールティ氏、著名な法曹家のラーム・ジェトマラーニ氏に似た名前のキャラがチラリと登場したりします。#サルカール #IMW
— 【インド映画上映】インディアンムービーウィーク/ SPACEBOX (@ImwJapan) September 1, 2019
また本作の後半では、各種の草の根社会運動家たちが自身の役でゲスト出演します。その中で、マドゥライ市で貧窮者のための無料給食を行っているナーラーヤナン・クリシュナン氏に注目です。この人をモデルにしたキャラは #ウスタード・ホテル にも登場しているのです。#サルカール #IMW
— 【インド映画上映】インディアンムービーウィーク/ SPACEBOX (@ImwJapan) September 1, 2019
さてこれまで #サルカール に関連して、ジャヤラリター女史について手厳しいことを書きました。けれども1950-70年代のタミル・テルグ映画のトップ女優だったジャヤラリターは全く別です。ジャンルを選ばず活躍したこの人の出演作、機会があればぜひご覧になってみてください。#IMW
— 【インド映画上映】インディアンムービーウィーク/ SPACEBOX (@ImwJapan) September 1, 2019
[更新履歴]
2021年10月2日 政党部分を加筆。
2024年8月16日 リンク切れを修正。