『進めクマール! 恋愛必勝法』作品トリヴィア/ インディアンムービーウィーク2022
インディアンムービーウィーク2022上映の『進めクマール! 恋愛必勝法』は、2013年に大ヒットしたロマンティック・コメディ。作品のトリヴィアを紹介します。
タイトルの意味
『進めクマール!恋愛必勝法』は2014年のタミル語コメディー映画。原題の「Theeya Velai Seiyyanum Kumaru(以下TVSK)」は「炎のように(必死に)働け、クマール」というぐらいの意味で、ダヌシュ主演の『Pudhupettai』(2006、未)の中に出てくる台詞。同じセリフは『Boss Engira Bhaskaran』(2010、未)の中でも少しアレンジされて登場し、有名なフレーズとなっていた。
シッダールト
主演のシッダールトは、タミル人だが学生時代をデリーで過ごしたこともあり、タミル語、ヒンディー語の両方でヒット作に出演して注目の若手とみなされていた。そして2006年のテルグ語作品『人形の家』の大ヒットをきっかけに、その後5年ほどをテルグ語映画に集中して活動することになる。これはよそものがヒーローを演じることを嫌うテルグ語映画界では異例のことだったが、シッダールトはアクション大作が主流の同映画界で、主に若手監督と組み、自ら脚本にも関与しながら上質のロムコムを何本も送り出した。
シッダールトの過去の上映作品『ジガルタンダ』についてのmomentまとめ。
このTVSKは、シッダールトがタミル語映画界に復帰してしばらくしてから、珍しくベテラン監督と組んで製作された一作。テルグ語映画界で築いた人気も鑑み、脇役のキャストを一部変更したテルグ語版『Something Something』も同時に公開された。
監督 スンダル・C
スンダル・Cは、日本ではラジニカーント主演の『アルナーチャラム 踊るスーパースター』(1997)で知られる、コメディー映画を得意とする監督。タミル語映画のコメディーの常として、作中には映画への言及が散りばめられる。例えば、シッダールトのデビュー作『Boys』(2003)での娼館のシーンは、本作ではベタなギャグシーンとしてリメイクされている。他にも、タミルの「家族センチメント&人情もの」の第一人者であるヴィクラマン監督の作品の劇中歌も取り込まれ、ノスタルジックな笑いを誘う。
しかし、ストーリーの展開はかなりドギツく、ブラック。脚本に参与している『キケンな誘拐』(2013)の監督ナラン・クマラサーミのタッチを指摘するレビューもある。
ストーリー
主人公のクマールはIT企業に勤める青年。彼の家は恋愛至上主義を家是とするため、超奥手な彼のためにお見合いがお膳立てされることはない。この設定自体がかなりシュールなところに、オフィスの同僚に一目惚れした彼が頼る怪しげな「恋の指南師」モキアが彼に授ける秘策が、どれもこれも汚い手を使って恋敵を蹴落とし、周りの人々に迷惑をかける、アンフェアなものばかり。
これはインドの伝統的な小噺のスタイルを受け継ぐ形で発想されたようだ。例えば仏教説話集『ジャータカ』の中の動物譚、さらに各言語での民話、あるいはテナーリ・ラーマやマリヤーダ・ラーマンを始めとした道化物語などでも、小男や小動物などの物理的に弱小なものが「策を弄して強大なものを騙してまんまと勝つ」というのは定型となっている。その場合、悪いのは騙された方なのだ。TVSKは、そうした「かわいい顔して酷いことする」ヒーローが活躍する、明るくポップなブラックユーモア作品。
参考:『インドの民話』A・K・ラーマーヌジャン編・著、中島健訳(青土社)
そこで繰り広げられるのは、もしもインド伝統のお見合いというものがなくなったらという仮定の物語。そうなれば結婚市場は弱肉強食の「万人の万人に対する戦いの場」と化す。その中で恋愛弱者はどうしたらいいのかという問いかけがハチャメチャの笑いの中で発される。主人公の生まれた家は、恋愛を至上のものとして描くことの多い映画の世界のパロディーなのかもしれない。
音楽
C・サティヤによる本作のサウンドトラックは全5曲。そのうちの「Kozhu Kozhu」(♪彼女はぽっちゃり美女)と「Enna Pesa」(♪何て言ったらいいのかな?)は、富山県の景勝地で撮影されている。もっとも目を惹くのは、立山黒部アルペンルートの雪の大谷(一般への開放前の時期)と五箇山の合掌造り集落。その他にも富山城、神通川のさくら堤、富山地方鉄道の南富山車両基地、射水市の海王丸パークなど。撮影は富山県ロケーションオフィスの協力の下、2013年の4月に行われた。本作のインドでの公開が2013年6月14日なので、最後の仕上げの撮影だったことが推測される。当時、現地でサポートにまわった人々にはタイトルの意味として「Work like fire Kumaru」という説明がされたので、この英語名と富山の地名で検索すると、当時の様子が分かる記録が幾つか見つかる。
▶︎ とやま国際センター発行の『TIC NEWS』2013年7月号の表紙を飾った、本作のリードペア(PDF)
日本で撮影されたインド映画
国土交通省・観光庁の「スクリーンツーリズム促進プロジェクト」は2010年ごろから形を取り始め、国内外の映画やドラマの撮影を積極的に誘致・支援する政策が実行された。インド映画の撮影クルーが来日するようになったのは2013年からで、本作がその嚆矢。それ以前のものは、在日インド人が製作した『ボンベイtoナゴヤ』(1993)を別にすれば、カマル・ハーサン主演のタミル語作品『Japanil Kalyanaraman』(1985、未)まで遡る。
インド映画のロケはそれからしばらく続き、ヴィジャイ主演の『ジッラ 修羅のシマ』(2014)、ランビール・カプールとディーピカー・パードゥコーンの『Tamasha』(2015、未)など、12本ほどの撮影が日本で行われた。プラシャーント主演の『Saagasam』(2016、未)を最後にその流れはいったん途絶えたが、なぜかその後インド映画のスターのプライベートでの来日が目につくようにもなった。
【作品情報】
監督:スンダル・C(『アルナーチャラム 踊るスーパースター』『愛は至高のもの(原題:Anbe Sivam)』『アクション!』)
出演:シッダールト(『ジガルタンダ』)、ハンシカー・モートワーニ―、サンダーナム(『ロボット』『ジョンとレジナの物語』)、ガネーシュ・ヴェンカトラーマン、R・J・バーラージ、ヴィドユレーカー・ラーマン、ジョージ・マリヤーン(『囚人ディリ』)、マノバーラー、デーヴァダルシニほか
特別出演:サマンタ(『マッキー』『マジック』)、クシュブー・スンダル、ヴィシャール、ジョン・ヴィジャイ、カルナーカラン、デリー・ガネーシュほか
音楽:C・サティヤ
ジャンル:コメディ
映倫区分:G
2013年/タミル語/138分
©Avni Cinemax ©UTV Motion Pictures
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