夢日記

いつ?

———反社会的な犯罪は社会の結合を、専ら倫理的に促す。以前その共犯者が言ったのを記憶している。酩酊の時だったから定かではないけれども、そういった詭弁だのなんだのを言うのも聞くのにも飽きたもので、外界との摩擦で私の速度も遅まり、また酒を流し込むだけである。しかし彼は幼少からの環境のせいか人一倍に倫理の強い男であった。強化され続ける内的規範が彼を人たらしめる。———而シ衝動トハ如何ナリヤ———、肉体に訴えれば?力?…本源的な、存在論的な自由を知らない。

 ひとり居酒屋に溺れに行った。贖罪の気分にも疲れは起こる。独りよがりで自惚れの強い生き方をしてきました。静かに酔いを回して女給を見た。綺麗だと思った。人よりは少し広い額に急に皺を作って、私の視線に意味があるものと急いで此方に向かってきた。払いを済ませて帰ろう。風は酔い覚ましにはm暑すぎる。

 昔から湿り気が嫌いだった。更衣室、濡れた靴下、本土の夏、性器、人の汗、思考。その日も湿っていた。男が寝ていた。身なりは悪くはないが特徴もない。金も期待は出来なさそうだった。殺そうかなと思った。人の往来のほとんどない神社のある薄暗い公園だった。じっとりと変な汗をかく自分に嫌気がさした。いま、何がしたいのだろう……。くだらぬ思想のお遊びで突飛なことを称賛するようなものなのだろうか、全てが嫌になりそうだ。せっかくの酔いを悪くはしたくなかったので、そっと殺してあげた。38歳の中学教諭だったようだ。後の日のニュースで知った。

 腐りゆく体をみて、ホメオスタシスなどではなく悟性が(ほぼ)平等に与えられればいいのに、と思っただろうかと考えながらノートに支離滅裂な文を遊ばせていた。仏様は隠した。公園で後輩が歩いている。その無邪気たること。少女の濃度が高くもしっかりと社会をやっている、そして自分がある。もしかすると、少しだけ、憎く思ったのかもしれない。

 飲まないかと誘われた。未だに自首などして居ないから怖い。参加者は歳上ばかりだ。奢られに来ていると思われるのは嫌いだ。歳下を演じることは慣れるが馬鹿馬鹿しい。荷物と席をガタガタ言わせながら、おしぼりで手から手首、顔を拭いた。ニュースが流れている。私のことだ。私のノートも見つかった。私の仮の体も、読んでいる幼女の漫画も、バレた。大学も暮らしも。顔と名前と声以外が読み上げられて、もう一度顔におしぼりをあてて汗を拭う。今日も酒を飲もう。


2023/08/09

かつての恋仲と会いました、浴衣を着ており眼鏡は止めた様でした。知らぬ間に音楽活動をしていたようで話には困りませんでした。夜になり、住む街の知らないエリアで彼女のコンサートがあるそうなので駆け出しました。その地名を走りながら訊ねるも誰も知らぬと首を背けます。ここは何処かと訊ねると愛知だそうです。名古屋と言っていましたが、私の知らない線路が夜に光を置いています。どうしたものかと煙草をやけに黒い空に燻らせ、悩みながらも知らぬ電車に乗ってみることとしました。やはり降りようかと外を見れば、知人と目が合います。気まずさを乗り越えて呼び止め近況を聞くと、違和感がごろごろと相手の瞼上に浮かびます。訊いてみると私は数年前に死んだようでした。私について教える毎に彼女は味のしない海苔を噛み締めるようでした。黒い窓に線を引く街灯を横に見て、お邪魔しました、と。電車が自然に揺れています。これは夢だと悟り、気づけば揺れは漏れる朝日になっておりました。


2022/12/10


(前日に知らない街に泊まったようで、その後に6人ほどで車に乗っていた。夜であった。1人はその車の主にして彼女の地元であった。続いて私と彼女の共通の知人、若くも賢い。残り2人は実生活の知人の男2人と、最後の1人は誰だったろうか)

車の中で時間だけが過ぎていく。宿が無い。タイヤと路面の擦れる音が眠気を増していく。車に光を投げ込んでは去っていく街灯。最後に停まった宿に降りるとそばに昨日の宿に私が忘れたタオルを見つける。同じ宿だった。軽くうちはらって干竿から手繰る。泊まれぬと分かると小雨の中で車の主は泊まることを諦めたのか、車をまたも転がし続ける。タイヤの音、揺れ、光、眠気……。

そうして灰色の民家の森はどんどん深くなっていくのでした。石の停車場に停めたとき、二夫人と私とで、後部座席をあさりました。2m程の竿付きの鍵を求めて。橙色の薄暗い車内灯が視界を支配して体の感覚は痺れてきました。彼女は鍵を見つけると後ろへと消えてゆきました。名を呼ぶ暇もなく、二人で少し追いかけるも何もありません。仕方なく車へ近づくと開き放した戸から覗くのは三匹の動物でした。生物の本分たる粘膜接触とはいえ、そのあまりに強烈な状況は私を所有しませんでした。二人でかけて行きます。彼女を先にゆかせて階段を上ります。後ろに気づかれぬよう、やや背を縮め、屋外につく階段の塀と車の位置、あの暗さでは何も見えなかったことでしょう。6階について、鍵の扉へとふたり走ると、先に鍵を持って去った彼女が戸を開けてくれました。家の筈が、酒場でした。

開けた扉に彼女はおらず、共に階段を上った乙女と不安げに通路に歩みを伸ばしてゆくと、人形になってしまった彼女がいた。英国風では無いメイドのような装いと動物の耳。肌は本物の陶器になってしまっていた。目は異常に大きく輝いて、もう閉じないようだった。綺麗だった。賑う店の壁沿いに我々の席は既に用意されていた。乙女にチョコレートと無色のブルーフィズ、私にオールド・ファッションド。ギャルソンがアルカリ性であろう無色透明の液体を私のグラスに注ぎ、薄まるだけの変色を楽しむ。乙女はすっかり小さくなってしまった。今すぐ人形になってしまいそうだった。ギャルソンは彼女にも液体をやった。

おのこ二人の近づくるは異様なりて、吾がそばに坐せり。その顔、両の眼違ひに決して合はず、かの顔を見るるはいづれの時にあらむやとぞ思へり。我机上の盃をてづから拾ひてその顔にうち投げ当つれば、かの顔を誰そどの宵にも見むや。その眼覗かば、あなや、同情せる男なれり。人間-ジンカン-の本来の契りを失ひては、さもありなむ。

ひと騒ぎのあった後で不機嫌の一人の客の鼻歌から演奏が始まった。すっかり機嫌は良くなって、私も席に戻り煙草に火をつけた。乙女は消えてしまった。きっと人形として持ち去られたか、小さくなり過ぎて質量の凝縮に耐えきれなかったのだろう。ここでは彼女もその乙女も、女性は皆消えてしまうのか。彼女の意思が響くことには、私はここで眠らずの日雇いを続けるようだ。寝ずの宿もここである。飲めずじまいのオールドファッションドを愁いながら、働くこととする。

ここでは休む必要はない、体力は尽きないからだ。

ここでは酒に酔わない、その酒は酔わず尽きない。

果実はあるが多くの処女はいない。天国では無かった。老人が言う「第84次世界大戦だ!」しかしその年は1895年だった。「ベオグラードとファシズム!」声が響く。従業員の化粧室は別にあった。一人の同僚が鍵をくれる、誰も使わぬその鍵を掛けようとすると扉が開いた。ここはソドムでもあるのか。外へ連絡を試みた。入ってきた時の扉は消えていた。代わりに六階分の滑り台が無防備に垂れる。親しい友人は手紙を書いても無駄だと言う。本はすぐに風化した。

数人を残して好意を向けられぬことが続き、脱出を決意する。友人は真剣に止めた。

「真のファシズムの意味を知って無垢の楽園からは無事に戻(って来)れない」私はただ帰りたかった。魂の帰る場所に。少し悲しい顔を見せた。私は降りる。太い蔦と水が体に触れる感覚はなかった。

廃工場と森林。放射能汚染区域?動物は居る。打ち捨てられた車、彼女のだ。時間が経っているのかは分からない。黄ばんで黒ずんだ白い建築を通り過ぎて歩みを進める。蝉の声だ。工場、工場。ここを通れば帰ることは出来ないとの張り紙。しかしここ以外には道はない。途中で必ず死ぬのだ。紳士が現れた。デウスエクスマキナ…!彼に従って進むと赤と青の直径1mの球の縦横に隣接する巨大なキューブの中にいた。分子。右隣にいる彼が住処へと返してくれる。

着くと東京ではなく深夜の旭川だった。バスを探す。券を買いたいが券売機の使い方も駅の名前も全てが分からない。バスを眺める。窓に見えるのはかの酒場の住人たちだった。帰れたのかは分からない。煙草に火をつけた。

2022/08/14


夢の機械の少女に

 機械の少女に腕枕はやはり重かった。
 甘いとも華やかともつかぬ香りが漂い、呼吸は生存から嗜好の分類となった。上腕に感じる重さと肌の奥の堅さ、細くよく解れた癖のない髪。あまりの興奮に水を飲む。彼女は鍋に水を入れてくれた(かわいい)、ちがうよ。
 いつだったか、神話としての、忘却を極度に恐れたノスタルジーが己を知らしめんがためにそう強固にも思える、共有の郷愁を語らった。過去のかの駅に遊びに行った。黄昏前の淡さがじわりと隅を溶かし充たす。横並びで階段を上り話しつつ「こういうのもある」と切り出し堤防と河岸と階段へ我々を移した。無言で特に気にせぬ様子だった。
 坂の上でフランス語を話す。少年まで話していた-アンポッシブル!-彼女は笑わず帰路を見る。
 帰ってすぐに横になり就寝、台所の廊下に寝そべるのが習慣である、するのだが、彼女がこっそり起きるのを認めた。お菓子を作ったようだった。
 人の身体を持たぬ故に、嗜好は倒錯していく。珈琲を淹れる際の計量の際にさえ。
 機械は定期メンテナンスのため私を離れる。微睡を忘れた未明の起床ぐせの私の聴覚にサイン波を残していった。


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