我々は知らず———霊魂が本来不可分である肉体の死に際してそれから離れるとすれば、感覚の綜合の以降は如何にして我々に現れ、いかに審判を待つのかを。 ジュニコス・インカルヌス 序 我々は肉体を持って生きている。具体的な質量を持たぬ声の波さえも、その発生を肉体に依存している。真に肉から離れた言葉、完全な意味されたものであれ、その全ての解釈は各々の肉体を待つのみである。心身の分割は専ら生命の本能と其れに抗い死を欲する心としか言えぬのかも知れぬ。 1 吾レ、受肉セリ。 自
巡る節気と 経し春秋 おのれ呪いて 虚ろ歌 国と言葉と 親と友 捨てて入るは 木の子宮 燻り燻らせ あが虚 心のあるなし 煙巻き 捨てしを憂うは いくばくぞ ただ幻を じつと見て 我愛するは 人ならず 金科玉条 ハルモニアー 天使の口付け 吾が額の 女神の微笑を 我知らず 独りよがりと 佶屈と 慚愧に耐えぬ この恥と 空中人間 その男 はて女かと 空を見る 盲いて下る 地獄道 螺旋階段 後向き 心身 無限の対位法 長夢 胡蝶に問ひて醒め
忙しい人のための要約 つかってみた AIは次の神になる。我々が思考を放棄すれば。 便利な道具を得るたび、僕らの体は道具に感覚を奪われていくのだ。 奪われたからだ、食べることさえ残ってれば人間かも。食はいいぞ はじめに 先日、ChatGPTを使ってみました。これを先日どのように使ったかと言えば、言語の単語テストを出力させたり、ルールを設定して(T?)RPGを遊んだり、コード進行を出力させたり、ケモっ子や猫になってお話をしたりなど…。 実際のところ、案の定、アイヌ