ゼロから音楽メディアをつくったら、1年後どうなった?⑤
こんにちは。前回の投稿が3年前であることに驚愕している、株式会社ヂラフ代表の三橋(ミツハシ)です。
わたしが投稿をサボっているあいだに会社は設立4周年を迎え、インディーズ音楽発掘メディア『ヂラフマガジン』は開設5周年を迎えました。
今回3年ぶりに筆をとったのは、なんとびっくり大ニュースが!!あったわけではなく。ゼロから立ち上げた音楽メディアがいま、どんな状況に置かれていてどんな課題を抱えているか、整理と記録をかねて綴りたいと突然思い立ったからです。
状況と課題をひとことで言い表すならば、「葛藤」。
メディア運営自体はアクセス数も安定していて順調ですが、わたしのなかでメディアの方針に対していくつかの葛藤が生じており、どうしたもんかなと思惟している。そのことについて、今回はありのままに書いてみようと思います。
というわけで早々にお詫び申し上げたいのですが、記事タイトルの【ゼロから音楽メディアをつくったら、1年後どうなった?】は詐欺です。実際は1年後どころか5年後なんですけど……これまでのタイトルを踏襲してシリーズ化してしまいました。すみません。
葛藤①:
若い音楽リスナーは、長文記事を読むのか?
『ヂラフマガジン』は、当時フリーライター兼デザイナー兼ただの音楽好きだったわたしが、「自らの嗜好とスキルをいかしてブランドをつくりたい」と考えて立ち上げたメディアです。
運営するなかで徐々にコンセプトが固まっていき、現在は「新世代」や「インディーズ」の音楽シーンに着目したメディアに。【あたらしい音楽、発掘。】というキャッチフレーズのとおり、ときにはメジャーアーティストの新プロジェクトなども紹介していますが、メインでフィーチャーしているのは新人・若手のアーティストです。
10代からインディーズシーンに沼っていたわたしにとって、現コンセプトは結果的に誂え向き。インディーズというわりとニッチな領域なら、レッドオーシャンすぎる音楽メディア市場において勝ち筋もなくはない。だから、いまのメディアの方向性は理にかなっていると思います。
ただ、ですね。
10〜20代の新人・若手アーティストに興味をもちやすいのは、同世代のリスナー。もちろん、わたしのように歳を重ねても好きな人はいると思いますが、新人・若手のライブに行けばオーディエンスの体感8割は彼らと同世代。つまり、メディアに訪れる読者も若いということです。
インディーズ好きな若い人が、果たして長文を読むんだろうか。
「月に1冊も本を読まない人が6割超」という文化庁の調査が話題になりました。幅広い年代を対象にした調査ではあるものの、世の中は完全に読書離れの方向。
ちなみに「本以外の文字・活字による情報を読む機会」については、「ほとんどない」人は16〜19歳で12.7%、20代で3%にとどまるそうです。WebやSNSで文字情報に触れる機会自体は多いようですが、本を読まない人が「読みもの」系の記事を好んで読むとは考えがたい。
一方で『ヂラフマガジン』は、いわゆるコタツ記事のようなものは一切掲載していません。各ライターがアーティストの生の声を交えながら自身の感性で綴る「読みもの」系記事を中心に掲載しています。
これは絶対に譲れない。なぜなら、わたしがプロのライターであり、弊社が文章を得意とするクリエイティブ会社であり、「文章で音楽を発信する」ことがメディア最大のアイデンティティだから。わたし自身がいち音楽好きとして、無機質な記事より書き手の主観が感じられる記事に惹かれるから。それ以外の方法で発信するのなら、うちで運営する意味がありません。
文章を読むのが好きな若いインディーズリスナーも、当然いらっしゃると思います。1記事1記事、心を通わせてつくっているので、そこを楽しんでくださっている読者は世代にかかわらずいると思うし、アーティストご本人やマネジメント・レーベルサイドのみなさまにも喜んでいただけることが多いです。だから「文章で音楽の魅力を感じたい人」に向けたメディアとして割りきるのが得策なのかもしれない。
そのあたりの最適解をまだ見出せずにいるのが正直なところです。
とはいえ、ライブレポートやインタビュー記事に関しては、そのアーティストのファンが熱心に読んでくださる傾向が強いため、長文でもニーズがあるといえそう。本音をいえば、「まだ知らないアーティストの記事を読んで、新しい音楽との出会いのきっかけにしてほしい」という思いが捨てられないのですが……。
長文でも興味をもってもらえる記事をいかに企画するかが、今後の課題になりそうです。
葛藤②:
読みもの系記事は、SEOで勝てるのか?
メディアのアクセス数を増やすには、オーガニック検索からの流入を集めることが必須。
アーティストご本人がSNSアカウントで記事を告知してくれて、そこからファンが記事に訪れてくれるケースももちろん多いです。記事への興味関心度でいえば、その流入ルートがいちばん強いかもしれない。でも、新人・若手アーティストのSNSを積極的に見ているような、イノベーターやアーリーアダプター的な立ち位置のファンの数は当然ながら限られているので、そこからのアクセスには限界があります。
一方で検索流入は、ボリュームのケタが違う。「インディーズ」「若手/アーティスト」「パンクバンド/10代」など大きめのワードで検索する人から、アーティスト名でピンポイントに検索する人までさまざまですが、潜在層も含めると相当な数になるでしょう。検索上位をゲットするとアクセス数が格段に上がります。一記事からのサイト回遊も増えます。
「そもそもニッチなメディアなんだから、大量のアクセスは必要ないのでは?」とも思えるのですが、そこが非常に難しいところ。
アーティストのSNSからの流入がほとんどなら、もはやメディアに掲載する意味がない。アーティストのオフィシャルサイトに掲載すればいい話です。「メディアに掲載することで新たなファンを獲得できる」メリットや、「メディアに掲載されたという権威性を獲得できる」メリットをアーティストに提示できなければ、メディアとしての価値がありません。そのためには「(ある程度)多くの読者が訪れる」というサイトパワーが必要になってくるのです。
そこで重要なのがSEO対策ですが。
「読みもの」系記事の文学性やストーリー性は、果たして検索エンジンに評価されるんだろうか。
わたしたちが得意とする「読みもの」系記事って、どうもSEOのセオリーに則ることが難しいんですよね。SEOを意識すると文学的なよさが損なわれてしまう。
Webより雑誌や書籍などと親和性の高い記事形態にあえてこだって運営してきたため、そのトレードオフは承知のうえでした。できるだけ折衷案を考えて取り入れているつもりではあります。SEO対策に比重を置いた記事もあります。ただ、SEOを完全に意識したメディアにはなかなか勝てないのが現状です。
そもそもSEOでの評価ポイントは、検索ユーザーが求める情報を提供できているかどうか。特定のアーティスト名で検索する人がいたとして、バイオグラフィやディスコグラフィなどの基本情報を羅列している記事と、ライターの想いを織り交ぜたストーリー性のある記事、Googleが評価してくれるのはどっち? 文章の美しさや記事の文学的なおもしろさまでちゃんと理解してくれるんだろうか?
8月からスタートしたAI Overview(検索結果画面でAIが概要をまとめて表示してくれる機能)で、記事にアクセスせずとも定量的な情報は得られるようになったので、今後もしかしたら定性的な情報を求める人がわたしたちの記事に訪れてくれるようになっていく……? なんて考えているのですが、どうなんでしょう。
大多数には受けないかもしれないけれど、ニッチな層には求められる。そんなメディアが検索エンジンの大海原で生き残っていく術を、これからも模索していきます。
葛藤③:
資本力のないメディアは、信頼されるのか?
零細スタートアップの弊社が運営する『ヂラフマガジン』は、当然ながら資本力がありません。
紹介するアーティストのセレクト基準は「アクセスが見込める」ではなく「各ライターが心から推せる」。これまでお話ししたようにメディア方針のこだわりも強いので、スポンサーをつけることは現実的ではありません。
メディア力(アクセス数・認知度・ブランド力etc)がまだ十分ではないため、掲載料はいただいていません。こちらから取材を依頼する場合は無料、アーティスト側から依頼いただく場合は記事制作料のみいただいています。
つまり、メディアだけではほとんどマネタイズできていません。これは5年間でほぼ進化なし。Web広告収入が若干増えたくらい。
もともとマネタイズは度外視していたので問題ないといえばないのですが、記事を大量に掲載したり、広告をバーンと打ったり、インフルエンサーをバーンと起用したりはなかなかできませんから、メディアの成長はどこまでも牛歩です。
「読者も、アーティストも、わたしたちにとっても、丁寧に運営できればそれでいい」と最初は思っていたけれど。
アーティスト側は、果たしてそうなんだろうか?
もちろん、開設当初と比べれば認知度は高まりました。「インディーズをフィーチャーしているヂラフマガジンさんで掲載してほしい」と指名でご依頼いただいたり、取材をオファーして「よく読んでいたのでうれしい」と言っていただいたりすることも増えました。プレスリリースも毎日大量にお送りいただきます。
その一方で、断られることもあります(正確には、お返事をいただけない)。以前は取り上げさせていただいていたのに、突然プレスリリースが届かなくなることも。直接言われたことはありませんが、おそらくアーティストのブランディングを意識したマネジメントやレーベルの判断でしょう。
アーティストの認知度向上にともなって、露出媒体を選ぶのは当然の戦略。踏み台にしていただいてかまわない、と思ってはいるものの、やっぱり悔しさはありますよね。記事の質には自信があるからこそ余計に。
当面はこれまでと同様、まだ世に知られていない新人・若手をフィーチャーするメディアとして、初インタビューや初ライブレポートなど「初露出」(あるいは2〜3回目)をメインに丁寧に発信していきたい。それが読者・アーティスト・わたしたちの三方よしであり、「インディーズといえばヂラフマガジン」というブランディングにもつながっていくと思うからです。
ただ、願わくは、アーティストの認知度が上がってきても「ヂラフマガジンに記事を書いてほしい」「掲載してほしい」と言っていただけるようなメディアに進化したい。
資本に頼らずメディア力を高めていく方法を、引き続き勉強していきたいと思います。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
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株式会社ヂラフ 代表/ヂラフマガジン 編集長
三橋 温子(Atsuko Mitsuhashi)
札幌出身、武蔵野美術大学卒。エン・ジャパン(株)で企業経営者や人事の取材・広告制作を経験後、2013年にライター兼デザイナーとして独立、2020年に法人化。タレント・ミュージシャン・経営者などのインタビュー取材執筆、ブックライティング、エディトリアルデザインを中心に、クリエイティブコンテンツの企画制作を手がける。新世代&インディーズシーンに着目した音楽発掘メディア『ヂラフマガジン』編集長。