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小説:冷徹メガネと天職探しの旅 第17話

第17話 自分の強みを聞いてみる
僕は自分のノートを見て考えていた。これらの強みからどのような職業が適しているのだろう?そして褒められた内容がはたして本当に自分の強みなのだろうか。
「何か思うところがあるようですね」
天神さんは僕の顔を見て言った。
「褒められたことは確かに強みかもしれないです。だけどここに書いたのは人生の全ての時間です。今の自分に合致しているかという疑問があって」
自分で話しながら自分自身をまだ信じらていないことが原因かもと頭に浮かんでいた。
「それではいい方法があります」
「何でしょうか?」
僕は天神さんの顔を覗きこんだ。
「知り合いや職場の関係者に自分の長所は何ですか?と聞いてまわることです」
「え!?直接聞いて回るんですか?」
「そうです。意外としっかり答えてくれます。最低10人は聞いて下さい。自分の強みがよりわかります」
「ちょっと待って下さい!直接自分の強みを聞くなんて恥ずかしすぎますよ。それに転職を考えているのかとか、悩んでいるなと言われますよ」
「天職を見つけるためには何でもやると言いましたよね?それぐらいの恥ずかしさどうだって言うんですか。長所を聞いたところで転職活動をしてるとは思われません。現職でより活躍したいからなど適当な理由をつけて下さい。悩んでいるのは実際に事実だし思われたところで荒田さんに何の影響はありません。むしろ弱みを見せているので好かれるぐらいです」
僕は何も言い返せず俯いた。絶対に周りからは変なやつだと思われる。今から憂鬱な気持ちになった。
「それでは今日は終わりとします」
天神さんはPCを閉じて席を立ち上がろうとした。
「何て聞けばいいんでしょうか」
僕は立ち去ろうとする天神さんに急いで聞いた。
「僕の強みや長所は何だと思いますか?と聞いてください」
とてもシンプルな答えだった。
「あと今日周った企業ブースで興味がでた会社はありましたか?」
「数社ありました」
大手IT企業が頭に浮かんだ。
「それでは履歴書と職務経歴書を書いてエントリーしてください」
「えっ!まだ自己分析の途中じゃないですか!」
僕は天神さんの急な話に驚いてしまった。
「履歴書と職務経歴書を書くことで仕事の棚卸しになり自己分析にも繋がります。両方書き終えたら私にデータで送ってください。添削します」
いささか早すぎる展開に僕はついていくのがやっとだった。
「自分の長所を周囲に聞く、履歴書と職務経歴書を書くこの2つがやるべきことになります」
そう言い残すと天神さんはスタスタと歩いて行った。取り残された僕は別れを告げられて呆然としている男のように周囲に映ったかもしれない。僕は席に戻ってとりあえず残ったアイスコーヒーを飲んだ。

オフィスには19時を過ぎたがまだ人の姿があった。事務担当者はほとんど居なかったが営業は数名仕事をしている。
「荒田君、お疲れ!」
後ろを振り向くとチームリーダーの小宮山さんが立っていた。人柄が良く、仕事もできる若手営業のトップだ。後輩にも慕われており、僕もチームは違うが悩みを聞いて貰ったことがある。
「お疲れ様です」
「遅くまで頑張ってるね。早めに帰りな」
小宮山さんは優しい笑顔で言った。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか」
「もちろん」
「変な質問かも知れないんですが、僕の強みや長所って何でしょうか?」
変な質問をするやつだと笑われると思ったが小宮山さんは真剣な顔になって考えていた。
「すいません!同じチームでもないのに変なことを聞いて」
「素直さじゃないかな」
「えっ?」
「荒田君が以前お客様対応に関して相談してくれたことがあっただろう」
システムの故障でお客様からクレームを貰った時だ。遠方のお客様で電話での謝罪だけでは収まらずに炎上仕掛けた案件だ。
「あの時はお世話になりました」
「遠方のお客様だけど今すぐ行って謝った方がいいとアドバイスをして、荒田君はすぐにそれを実行したよね」
「あの時は必死でした。お陰様でお客様の怒りは収まり新たな契約を頂くこともできました」
あの時はキツかったが今では良い思い出だ。
「そこに荒田君の凄さがある。普通ならアドバイスを受けてすぐには行動できない。だけど君は素直にアドバイスを受け入れ行動に移した。その素直さこそが荒田君の強みだよ」
小宮山さんはにっこりと笑った。
「ありがとうございます」
自分の長所を聞いて嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちになった。
「あまり無理はしないようにね。早めに帰りな」
小宮山さんは僕の肩を軽く叩き席へと向かって行った。
「荒田さん!今日は午後休じゃなかったんですか?」
谷口さんが後ろから声をかけてきた。
「午後休を頂いてたんですけど忘れ物をしてたので会社に戻りました。それより質問してもいいですか?」
「何ですか?」
「変なことを聞くかも知れませんが、僕の長所って何だと思います」
谷口さんはポカンと口を開けている。そして何か思いあたるような顔になった。
「荒田さん、転職考えているんですか」
「転職考えてないですよ!ただ仕事がうまくいってないから何か打開策が無いかと思って」
天神さんから会社関係者には転職活動のことは言わないようにと忠告されたことが頭に浮かび必死に否定した。必死すぎて逆に疑われるかと思ったが谷口さんは安心した顔をしていた。
「荒田さんがいなくなったら寂しすぎます。僕もまだこの会社に居たいと思っていますから」
谷口さんの言葉に胸が少し痛んだ。
「荒田さんの良さは・・・人を思いやり、優しいところですね」
人を思いやるなどとは意識して行動したことが無いので意外だった。
「僕のことも気にかけてくれて、何度も質問にも答えてくれて本当に感謝です。荒田さんが教育担当者だったら良かったのに」
「ありがとうございます」
感謝の言葉まで貰ってなんだか気恥ずかしくなった。
「参考になりましたか?」
「参考になりました。ありがとうございます」
その後も会社の人、家族、友人に自分の強みを聞いて回った。最初は強みを聞くことに恥ずかしさがあったが、皆真剣に答えてくれるので恥ずかさは消えていった。複数の人から話を聞くことによって自分では思いつかないような自分が明らかになった。

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