転職のあと④転職をせざるを得なかった。その日から1年経った
1)2023年7月1日に解雇通告から1年経った
「社長を辞めてもらう。次の異動先はない」とちょうど1年前に創業者に宣告された。会社員で解雇を言い渡される人は多くはないので貴重な経験だった。。。
日本企業は社員を解雇できない。なので無理やり勤務を希望すれば可能だったけど、提示された処遇と勤務地は「やめろ」と言っている内容だった。
通告された日から、猛特急で転職活動をした。
転職活動期間は、永遠に転職先が見つからないような気がしたが、2か月で決着できた。ブラック企業からホワイト企業に転職できて結果オーライであった。
給料は減らなかった。フレックスと在宅勤務が可能になった。なにより、好戦的な人が皆無の会社になった。ホッと一息つける職場環境になったのは、心の底からよかったと思う。
2)45歳は人生で色々なことが起こる
ホワイト企業で、ハードワークから遠ざかった。
仕事を替えると、自然に日常の判断が変わってくるのだと思う。解雇通告から1年しか経っていないけど、生活面では変化がいくつもあった。
転職してホッとした気持ちになったので、取り組む気分にもなったと思う。
これは仕事を替える副産物である。
●引越しと家の売却をした
4人の子供のために広い家に引っ越した。家電も新調した。生活が大幅に楽になった。
そして持ち家を売却した。売り出した日に、売れた。さすが港区白金台だ。
ラッキーにも数年間生活できる売却益がでた。
●資産運用
時間があるので資産運用の知識を増やした。ここ1年間で驚くほど増加した。金銭的な心配がなくなったので、ずいぶんと気持ちが楽になった。子供が4人いるので、恐怖感があったが無くなった。
●転職での新しい仕事
新しい仕事に取り組むのは楽しい。けど結果がすぐにはでない。転職は、簡単ではないと改めて思う。メンタルタフネスが必要だし、ずうずうしさ、柔軟性がいる。いまの環境はホワイトだからよかった。。。
上手く会社を選べなければジョブホッパーになって落ち着かなかっただろう。
この1年間は、ずいぶんと心を動かされたし、活動量が多かったように思える。40代は忙しいというが、まさにそうだった。。。
3)結局はすべて思い出である
時間が経つと、過去の出来事は思い出になる。
この思い出は、「自分らしさ」だし、「自分の人生そのもの」だと思う。
様々な出来事があって、そのときは大変な気持ちになる。なえることもあるし、たのしいこともあり、そのひとつひとつを噛みしめていきたい、と思うのです。