40年前、私は第3の手をつくった|稲見昌彦×Stelarc対談シリーズ 第1話
イントロダクション
瓜生 稲見研究室にお越しいただきありがとうございます。我々のプロジェクトとStelarcさんの作品は、重なる部分が多いと思います。ただ、我々は作品そのものよりも、研究成果に重きを置いている側面があるので、Stelarcさんの作品の方が洗練されているかもしれません。
我々は、さまざまな視点の統合を試みています。脳科学や神経科学、認知心理学との連携を重視していますし、稲見教授はバーチャルリアリティ技術の経験が豊富で、情報科学のバックグラウンドがあります。
Stelarc 私自身のプロジェクトは、最初から芸術表現と見なしてきました。科学の研究のように体系立ったものではありません。もちろん科学の成果にはとても興味を持っています。
私の作品は、オルタナティブな(普通とは異なる)解剖学的アーキテクチャ(構成)をテーマにしたものです。技術による人体の拡張という、トランスヒューマニズム的なコンセプトとは違います。もっと実験的で、第3の手(Third Hand)、拡張された腕(Extended Arm)、義頭(Prosthetic Head)、腕にある耳(Ear on Arm)があったら、身体にとってどんな意味があるのかを試しているんです。人の二足歩行を虫みたいな6本足の運動に変換したら歩けるのか、とか。そんな感じでやってきたので、あくまで芸術的な表現の範囲にとどまります。時には、予想外の面白い可能性を思いつくこともありますけど。
例えば、私がブルネル大学で立ち上げた「両利きの腕(ambidextrous arm)」プロジェクト。どちらの手にも使える義手を想像してみてください。指が一方向に曲がるだけでなく逆方向にも曲がりますし、親指も逆向きに動きます。右手として使っていても、(腕を軸にして半回転すれば)左手になる。人間のような器用な手が、右手であると同時に左手でもあるんです。義肢は通常、一本作るだけです。例えば左手を切断して失ったとき、それを両利きの手にしてみたらどうでしょう。右手と左手が一本ずつあるより、右手が2本あったほうが便利な作業があるかもしれません。
現代人は生体をはみ出す
稲見 「当初から、狙いはトランスヒューマニズムではなく芸術だった」とおっしゃいましたが、その違いについて教えてください。トランスヒューマニズムとご自身の作品との最も大きな違いは何でしょう。
Stelarc そうですね。単純化していえば、トランスヒューマニズムは人間主義的で、人の能力を高めることが目的ですよね。でも我々は今、明らかに人の存在に特権を与える必要がない時代に生きている。人体は、機械やコンピュータ、ウイルス、アルゴリズムといった別の実体とインタラクト(相互作用)している。ここが重要な違いだと考えています。
先ほど話した通り、私のプロジェクトはオルタナティブな解剖学的アーキテクチャを探る芸術表現です。必ずしも実用的ではないし、能力の強化につながるわけでもない。
なぜかといえば、強化には制約がつきものだからです。3本目の手を付けると重たいし、できる作業が微妙に変わるので、動きに注意が必要になる。人体を、人と機械をつなげたシステムに単純に置き換えただけで、その分能力が伸びるわけではないですよね。人と機械の統合には、厄介な問題があります。
一方で、先生方の研究、特に学際的な側面にはすごく興味を持っています。生身の肉体で複合的な現実に向き合う我々は、色々な機械や道具との連携を求められ、コンピュテーショナルなシステムやバーチャルなシステムから来るデータの流れを、常に処理し続けるように迫られているからです。
既に私たちは、単なる生体を超えた存在です。もはや人間とは、目に見えるこの体だけではないんです。今や人間は、肉体と金属、生物と技術とコンピュテーショナルシステムのコードから成り立っている。いわば現代のキメラなんですよ。
稲見 現代における身体と人間の定義をどうお考えですか。
Stelarc 身体と人間は、常に歴史的、文化的、社会的に成り立つ概念であり、これまでもずっと変わり続けてきました。
進化の過程で2本足で立つようになった人間は、2本の手を操って人工物や道具、機械をつくるようになった。それでもたかだか数百年前には、身体の一部を人工物にする、例えば人工心臓を持つことは恐ろしく不自然で、人道に背く行為でした。ところが今ではブタ由来の心臓弁までありますし、近い将来、拒絶反応を和らげて、動物由来の組織や機械部品を人体に組み込めるようになるでしょう。
稲見 なるほど。私自身、Stelarcさんにすごく影響を受けた研究がいくつもあるんですが、最近一般の人から「人工的な身体と、ただの人工物やツールは何が違うのか」って、よく聞かれます。
Stelarc 違いは、センサ技術やマイクロコンピュータ技術がどんどん進んで、テクノロジーを身にまとったり、インタラクトしたりするのが、ずっと楽になったことじゃないでしょうか。技術のスケールや素材が生体に馴染みやすくなってきたので、この点はますます重要になりますね。
センサや機械を超小型化して人の身体に取り込んで、体内の細菌叢を増強したりできそうです。例えば2000~3000年後には、人の見た目は全く同じでも、テクノロジーは全部体の中で、外から見えなくなるかもしれません。
多分最初は病状のモニタリングとか、細胞や遺伝上の問題の治療とか、純粋に医学的な理由から、体に入り込むんでしょうけど。いずれは人体をデザインし直せるようになるかもしれない。原子レベルから、あるいは内側から外側に向かって、目で見ても分からない形で変えていく。変化はちょっとずつ進み、皮膚のレベルで変わってこないと気づかない。そうやって、中から外に向けて人体をデザインし直せる可能性がある。
人体を外から中に向かってデザインし直すのは、内側からやるよりずっと難しいです。人体はアナログなんで、残念ながら要素を簡単に交換したりはできません。ある部分を引き抜いて、別の部分をはめたりはできない。ただ、遺伝や免疫システムの理解が進んで、外科手術による介入がだんだん可能になってきてはいます。
第3の手が生まれるまで
稲見 話をStelarcさんの作品に戻すと、今では余剰肢の研究はかなり盛んですが、やっぱりパイオニアはStelarcさんです。最初に第3の手を開発した動機は何だったんですか。
Stelarc 最初のころは、体の物理的、心理的なパラメータを探るパフォーマンスをたくさんやりました。感覚の遮断から宙吊りのパフォーマンスまで、肉体の限界と可能性を押し広げるような。
そこで実感したのは、体はだいぶ物足りない存在で、テクノロジーの世界で生き延びるには、形も機能もものすごく時代遅れだということです。現代的なタスクを十分にこなすには、体と(技術)の間の新しいインタフェースやアタッチメントを作り出す必要がある。肉体を酷使するアクションを経て、旧態依然な体を意識したことで、体をもっと強くしたいと望むようになりました。
もちろんアーティストにとって、考えを巡らすことは本分ではありません。そこでアイデアを実物にして、パフォーマンスを通して自ら体験することで、有意義なアイデアを生み出せないかと思ったんです。
人工の手というアイデアは、当時も妥当だったし、実現もできそうでした。初めは、違う種類の人工の手足とか、(義肢を手掛ける企業の)オットーボックの取り組みを検討しました。ロボットエンジニアと知り合って日本で何が起きているかを調べたり、早稲田大学の故加藤一郎教授や東京工業大学の広瀬茂男教授とも会いました。加藤教授は人体や義肢に関心を持っていて、広瀬教授の興味は一種のバイオミミクリーや、機械構造とか4本足による移動などでした。ヘビ型ロボットも広瀬先生の業績の一つです。
稲見 「ACM III」ですね。
Stelarc 当時の技術で可能なことを探りながら加藤教授や広瀬教授に相談しているうちに、第3の手をつくりたくなりました。できた動きは、つまんで離す、つかんで離す、時計回り・反時計回りに300度の手首の回転のみです。ただ、触覚フィードバックは付けたいなと考えました。指先のシンプルで基本的な触感と、何らかのフィードバックを利用して。
そこで5つの電極を用意して、それぞれ5本の指に対応させました。第3の手が何かをつかんでる時は電極から刺激があって、どれくらい強く掴んでいるかを感じられたんです。刺激の強さが、手の握り具合を反映してたんですね。
でも、結局これは(計画通りには)完成しなかった。私のプロジェクトはどれもが未完成なんです。第3の手は腕に固定されたままでしたが、当初の計画では、腕の周りを手がぐるっと回るようにするつもりだった。手首の動きに加えて、手自体が腕の周りを回れれば、できることが増えて有用性が高まると考えたんですね。
でもこれは実現しませんでした。私はプロジェクトの資金を自分一人で出していて、1~2年のつもりが4年もかかってしまった。それで、とうとう第3の手は固定したままで使ってパフォーマンスを始めようと決めたんです。
稲見 第3の手はどうやって制御していたんですか。
Stelarc (筋肉の活動を反映する)EMG信号を使った制御です。三つの手がそれぞれ独立して動くようにしたかったので、色々試しました。電極をどこに付けるか、強い信号を取れるのはどこか、どんな信号なら他の手の動きを邪魔しないかを探ったんです。
最終的に、自分の腹筋と脚の筋肉が適していると分かりました。歩くとか向きを変えたりとか、普通の動作をしていても、腹筋と大腿筋なら(第3の手の)全部の動きを制御できました。
初めのころやっていた実用性を感じさせる演目に、3本の手それぞれで同時に別々の文字を書いて、「evolution」という9文字の単語を完成させるものがありました。自分の目は二つなのに、三つの手の動きを追わなきゃならなかった。三つの手の間隔の都合で、それぞれの手で書く文字は、3文字ごとに覚えておく必要がありました。しかも自分と観客の間にあるガラスに文字を書くパフォーマンスだったんで、単語を逆向きに書かなきゃならない。
稲見 見たことがあるんですが、写真でした。
Stelarc 残念ながら、70年代から80年代の初期のパフォーマンスのころは、ビデオカメラがほとんどなかった。ソニーのポータパックのようなオープンリールの磁気テープに、いくつか白黒で録画するくらいでした。もっと面白いのに、ビデオ録画されなかったパフォーマンスもあった。機材のレンタル代も高くて参ってたんです。もちろん、写真は白黒やカラーで撮影しましたけど。
今では、誰でも携帯電話で4Kや8Kの写真やビデオを撮れるんで大助かりです。70年代初めには有線で扱いづらい技術だったのが、小さな無線装置で写真やビデオを撮影できるようになるんだから、すごい進歩ですよね。
稲見 第3の手の操作や制御ができるようになるまで、どのくらい時間がかかりましたか。
Stelarc 最初は、どの筋肉部位が一番便利かを試すのに数ヶ月かかりました。もちろん屈筋と伸筋に電極を貼って、同じ動きを再現することはできます。でも私は第3の手を独立して動かしたかったんで、いい場所を見つけるのにちょっと時間がかかりました。
当時はドライ電極は信用できず、大体ゲルを塗ったウェット電極を使ってEMG信号を拾ってました。あらかじめ信号を増幅・整流してモーターを動かす仕組みです。ウォームギヤやリンク機構を使っていて、単純だけど信頼性は高かった。
稲見 いつも一人でパフォーマンスをするんですか。
Stelarc そうですね。
稲見 パフォーマンスをすることで、自分自身は変わりましたか。
Stelarc とても説明しづらいんですが、主観的にも客観的にも機械の扱い方にすごく鋭くなったし、身体に近いインタフェースにも鋭くなったと思います。もちろん今では画像処理システムで身体の動きを捉えて、アバターやロボットにマッピングできますし、ロボットアームとか動くデバイスのインタフェースは、はるかにユーザフレンドリーになりましたけど。
第3の手を今つくるとしたら
稲見 Stelarcさんの作品は、パフォーマンスだけじゃなくて工学的にも使えると思うんですが、エンジニアと協力して、例えば商品化を考えたことはありますか。
Stelarc 私自身で考えたことはなかったんですが、面白い話がありました。第3の手のパフォーマンスを始めて何年かたったころ、カリフォルニア工科大学で講演しました。それをNASAのエンジニアが見てまして、パサデナのジェット推進研究所やヒューストンのジョンソン宇宙センターに呼ばれて、船外活動グループに対して第3の手を実演したんです。
実演の後、「この手をどうするんだ、商品化するのか」と聞かれました。「いや、芸術のためにだけ使うつもりだ」と答えたら、「それは、アメリカ流じゃないな」と言われたんです。アメリカでは研究者が起業するスタートアップが盛んで、すぐにビジネスとか企業に結びつくんですね。
もちろん先生方の研究の多くは、義肢とか何らかの制御システムとして使うために、確実かつ安定的に生産して商品化する必要があると思います。でも私はアーティストなので、そっちには全然興味がありませんでした。
さっきも言ったように、私のプロジェクトはどれも、私が望んだ水準には達しませんでした。もしまた第3の手を作るなら、アルミやステンレス、重いモーターなんかは使いません。3Dプリンターで、もっと軽く作ります。
もともと第3の手は、服を着るように毎日身につけるつもりでした。でもちょっと無理だった。かなり重いし、ウェット電極で肌が痒くなるんです。
先生方なら、全然違う感じで作るんでしょうね。そうするときは、第3の手が腕の周りを巡る機能は、ぜひ付けて欲しいですね。パフォーマンスで使っても面白いし、実用性もきっとある。
稲見 実は私たちのグループで、回転する手を開発した研究者がいるんです。論文があるんですけど、Stelarcさんの作品を引用しないと。
Stelarc 11月開催のヒューマン・コード・アンサンブルのサウンドパフォーマンスでは、「拡張された腕 Extended Arm」を使います。右腕が類人猿のような長さに伸びるんです。右腕に新たな関節を追加して、その先の手首や親指を回転したり、それぞれの指を屈曲したりできます。しかも、それぞれの指は上下に開いて、それ自体がグリッパになるんです。面白くて新しいマニピュレータでしょう。
私は、体の別の部分でロボットアームを制御する方法とか、インタラクションをスケールアップやスケールダウンするアイデアにすごく興味があります。例えばロボットアームには三つの部分と三つの関節があって、指にも三つの部分と三つの関節がある。つまり(それらを対応させれば)、指1本でロボットアームを制御できる。
こういうスケールアップやスケールダウンにすごく関心があるんです。自分の身体のスケールアップやスケールダウンはできなくても、機械ならできる。これがテクノロジーのいいところです。
稲見 私たちも、親指で第3の腕を操作したりしてます。とても便利で、わかりやすいですよね。あ、これが先ほどお話しした、回転するロボットハンドのビデオです。
Stelarc 素晴らしい!すごく実用性を感じるし、とっても美しい。初めて見ましたが、すごくいいアイデアですね。いつ出来上がったんですか。
稲見 2022年の夏ですね。論文が出るのはこれからですが、日本語だけなんです。工学の論文よりも、インスタレーション向けかもしれません。
第2話へ続く
自在化身体セミナー スピーカー情報
ゲスト:Stelarc|《ステラーク》
パフォーマンスアーティスト
ホスト: 稲見 昌彦|《いなみまさひこ》
東京大学先端科学技術研究センター
身体情報学分野 教授