見出し画像

恐山奇譚 -完全版

旅の醍醐味は奇矯な人々との出会いにある。日常の世界からの逸脱を最も如実に感じるのは、そういう出会いがあったときだ。

青森に恐山という山があり、イタコと呼ばれる降霊を行うシャーマンがいることで有名である。

という程度の知識しか持っていなかった私と旅の仲間は、東京から東北各地に遊びながら恐山まで到達してまずその臭気に鼻をうたれ、そして絶景に心をうたれた。硫黄で地獄のような景色が生まれたことを発端に恐山は恐山となり、地獄テーマパークのような場所へと変質していったようであった。

本題は三途の川をわたり、硫黄の荒れ地を抜けてエメラルドグリーンの湖にあそび、温泉巡りをして大満足で私鉄の駅に戻ってきてからの話である。

鎌倉旅行の際に買った「鎌倉」と大きく書かれたTシャツを着ていた我々は、道中それをきっかけに話しかけられることがあった。この時も同様に、ベンチで電車を待っているときに六十代くらいの女性に話しかけられた。その時ふと、そう言えば恐山に来たのにイタコに会っていないと思ったので、さり気なくその話題をほのめかしてみると女性は驚愕すべき話を披瀝し始めた。

その女性の祖母は名の知れたイタコで、100歳で昨日、大往生されたという。名声は密かに全国にとどろき、引退してからもどこからともなく降霊の依頼者が家に訪ねてきたりしたらしい。そんな急な客はつっぱねられてもおかしくないが、祖母は彼らを厚くもてなすのが通例であった。ただ、そんな祖母も面会を一切謝絶したことがある。それがまさに昨日で、その前日に夕飯を食べ終わってから、「明日はほとけさまが迎えにくるだ」といって一人で自室に閉じこもることを希望したらしい。昨日女性が戸を開けてみると、果たして祖母は部屋の真ん中で正座をしたまま息を引き取っていた。

こういう東京ではなかなか聞けないような話を聞けると、なんとも言えずわくわくしたものである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?