かわいいは内面で何倍、何乗にもなる
色眼鏡という言葉がある。ネガティブな使われ方をすることが多い言葉で、偏りや先入観にとらわれた物の見方のことをいう。この言葉について少しだけ考えてみると、色眼鏡とはそもそも色のついたレンズのことで、その色のついたレンズを通してでは周りを正しい色で見えないという比喩的表現だが、と、いうことは、自分の目を通して見ているものは自分の内面にある情報を乗っけてしまっているということでもある。
悪い方に考えていれば、目に見えている情報ですら悪い方に。
良い方に考えていれば、目に見えている情報ですら良い方に。
せっかく一度きりの人生を歩むなら、世界を最高のレンズで見た方がいいと思う。
米米米
初めて、その子と出会ったのは5、6年前だったかな。第一印象はおとなしそうな子だなぁと思っていた。その子と関わることが増えるにつれて、だんだんとその子のことがわかってきて気づけば好意を抱いていることに気づいた。素直なところ、ニコニコと笑顔が絶えないが芯がしっかりしているところ、感情豊かなところ、いろいろ知るにつれてその子の外見もかわいく見えてくるようになった。もし、外見が大事だと言っている人は順序が逆だと伝えてやりたい。
もちろん外見も中身も双方兼ね揃えている完璧超人も世の中に入るかもしれないが、かわいいというものは最初の見た目だけの情報を必ず更新して、内面の色を加えたレンズ越しにみられるようになる。
人に限らず、かわいいは自分の気持ちがそのものを何倍も、何乗にもできる力があるんじゃないかと思ったのでありました。
自分の気持ち次第で毎日が退屈にもなれば、楽しくて仕方ないといった過ごし方にも変わるかもしれないと思うと少しでも明るい方向で考えて一日一日を大切に生きなきゃなとかわいいという言葉から学んだのです。おしまい。