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大人になれば 39『マームとジプシー・cocoon・いただきます』

マームとジプシーの舞台、『cocoon』を観たのです。
友人の伴朱音も出演していて。
ずっと息を詰めて、小さな叫び声をずっと抑え続ける二時間。見事でした。
友人の伴朱音はなんというか、命でした。不遜で無知で、過去と今があって、双子の姉がいて。そこにある命とそこにある世界を懸命に紡いでいました。見事。

でも、その後の言葉が見つからなくて。

小さな舞台では役者全員が身体全部を使って世界を描き続けます。女学生である彼女たちが持っていた日常と、彼女たちが遭遇した戦争を。繰り返し、繰り返し。
竜巻のように、津波のように圧倒的で不条理な力に襲われ続ける役者たち。もみくちゃにされ続ける役者たち。それは美しい群舞のようで。
嵐のような爆弾や銃弾に蹂躙される様は圧倒的な暴力であると共に静謐で美しいシーンでした。人が死ぬ姿すらも。

しかし、その暴力と不条理は自然現象などではなく人の行為で。誰かが決めた意思で。誰かが押したスイッチで。ぼくは舞台に目を奪われながら、……なんて言えばいいんだろう。こう思っていました。

美しい。だが、おぞましい。

人が死ぬ。
爆弾に身体を半分に引きちぎられて。背中を焼かれて。自らを手榴弾で。衰弱で。銃弾で。
それらは全て抗いようもなく圧倒的で、不条理で。人の行為で。

嵐のような暴力を振るうのもまた人間であるはずなのに、身体を引きちぎられた女の子と爆弾投下のスイッチを押した者に関係性は生まれない。ただ、勝手に死ぬ。

たわいもない日常の片鱗や、友人とのくだらない会話や、誰にも言えない悩みや、不遜や無知や記憶や好奇心や歌や身体や手や足や廊下や教室や寝坊や休み時間や運動会や石鹸の匂いやショートケーキや。
そんな当たり前の日常をもつ女の子は、ただ勝手に死ぬ。

勝手に死ぬのだ。視点を変えれば。
あそこで死ぬ女の子は誰でもない。偉人でもなければ、歴史に名を残す人でもない。匿名性を持ちうるくらい誰でもない。ただの女の子だ。
ぼくが隣のクラスの誰かを「そんなやついたなあ。そういえば放課後にアイス一緒に食べたっけ」と思い出せる程度に誰でもない。ぼくがあなたのことを知らないように、誰かから見たぼくは誰でもない。ただの男だ。
だからこそ、あの女の子はぼくであり誰かなのだ。ぼくたちは歴史という大河のなかで、匿名性を持ちうるくらい誰でもない。

そんなぼくが、知人が、家族が、思い出せない同級生が、ぼくの知らない誰かが、あなたが、死ぬ。

竜巻のように圧倒的で不条理な暴力/と人/とスイッチ。
殺す人間。殺される人間。関係性から遠く離れた殺戮。
教室や寝坊や休み時間や石鹸の匂いやショートケーキ。
舞台では役者たちが獣のように走り、叫び、逃げ惑っている。群舞のように。

美しい。だが、おぞましい。
そこには誰もいないのだ。あんなにも泣いて、叫んで、怯えて、助け合って、呼びあって、走って、走って、走って。
それでも。

ただ、剥奪のみがある。誰かであることも、日常というささやかな物語も、世界との関係性も、死ぬ意味すらも奪われて。

隣の席ではすすり泣きが聞こえる。短髪でスポーツマンタイプの男性。ぼくの知らない誰か。頭の後ろでは女性の嗚咽が聴こえる。
ぼくは泣けない。ただ、目の前のおぞましさに茫然とする。涙の意味すらもとうに剥奪され漂泊され無価値化された世界に。

教室や寝坊や休み時間や運動会や石鹸の匂いやショートケーキ。関係性から遠く離れた殺戮。
ささやかな個人のささやかな物語性まで剥奪する暴力をぼくはただ見る。息を詰めて。小さな叫び声を抑えつけて。

剥奪され、剥奪されつくした後に、一人の少女がただ残り、芝居は終わる。生き続ける意思を持つことだけがただ一つ残された抵抗であるかのように。

先ほどまで嵐のようだった舞台に近づく。
白い砂が敷き詰められ、役者たちが命がけで駆け回った足跡が爪痕のように残っている。
誰もいなくなった舞台は驚くほど小さく感じる。ここであの殺戮があったのかと呆然とする。床に散らばった砂をつまむと思いのほか軽く、堅く、まるで骨のようだと思う。

最終の新幹線に乗って家に帰る。我が家へ。ぼくは何を観たんだろうと思いながら。あの作品をぼくはどう捉えればいいのだろうと。

起きて朝、いつものように家族と食卓を囲み、末っ子の「いただきまーす」という声に昨夜の戦場を逃げ惑う女学生たちのシーンが突如差し込まれる。ザッピングのように。ハッと目をこらすといつもの朝食の場で。

ああ、これかと思った。
ぼくにとっての『cocoon』はそういう舞台だったのだ。


執筆:2015年7月15日

『大人になれば』について

このコラムは長野市ライブハウス『ネオンホール』のWebサイトで連載された『大人になれば』を再掲載しています。


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