大人になれば 37『かえるくん起きる・記録と現象・ブラックホール』
六月です。
田圃にも水が張られて一年を折り返しました。
うそでしょ。
かえる うそなわけないじゃん。
ぼく わ。かえるくん。久しぶりだなあ。
かえる ちょっと太ったんじゃない?
ぼく 太ったり痩せたりしてる。
かえる 相変わらずだ。
ぼく うん。どこ行ってたの。
かえる 寝てたさ。もうぐっすり。
ぼく そっか。なんか砂漠で会ったような気もするけど。
かえる ああ。なんか夢で見たなあ。すっかり夏の入口だね。
ぼく うん。いくつになっても「ああ、夏が来るんだ」って思うよ。
かえる 相変わらずだなあ。なんかさ、寝てる間に面白いことあった?
ぼく うーん。痩せて太った。
かえる 知らないよ。
ぼく あ、四十一歳になった。
かえる おめでとう。ほかには?
ぼく うーん。あ、あれ。
かえる なに?
ぼく ほら、あれあるじゃん。あの、世界は人間が認識するまでは存在しないってやつ。
かえる シュレーディンガーの猫的な?
ぼく そうそう。それがオーストラリアの量子学研究チームの実験で確認されたんだって。
かえる え!
ぼく って記事を読んだよ。
かえる すごいじゃん!どんな風に確認されたの。
ぼく それがねー、個人のブログで読んだんだけど。「ネイチャーのオンライン版で実験結果の論文が掲載された」って書いてあるくらいで詳細はよく分かんない。
かえる なんだ。
ぼく うお!って思って読んだんだけどね。とうとう世界の秘密が分かるかもって。
かえる まあ、正確にいうと「量子現象はそれが記録されるまでは現象ではない」ってホイーラーが言ったんだよ。
ぼく 詳しいな!かえるくん。
かえる えへんぷい。
ぼく あ、面白いのほかにもあった。
かえる なになに。
ぼく ブラックホールあるじゃん。
かえる うん。
ぼく あれに人間が飲み込まれるとどうなるかって記事。
かえる 面白そう。
ぼく なんとブラックホールに落ちた場合、人間は二つに分裂します。
かえる なにそれ!
ぼく えっとね、一つはあっという間に燃えて灰になって、もう一つは無傷のままブラックホールの中に落ちていくんだって。
かえる なにそれ。どういうこと?
ぼく それがさあ。
かえる うん。
ぼく 何度読んでもよく分かんない。
かえる またー?
ぼく だって本当に分かんないんだもん。
かえる 人間、成長しなくてはいけませんよ。
ぼく いや、本当に分かんないって。ほら。(記事を見せる)
かえる うん?『一般相対性理論と量子力学の二つに従うならば、ブラックホールの中と外に同時に同じ人間が存在する必要がある、ということです。物理学者はこの現象を「ブラックホール情報パラドックス」と呼びます』……分かんない。
ぼく でしょう。
かえる この「ブラックホール情報パラドックス」って何?
ぼく それがいろいろ読んでも分かんなくてさ。どうも、全てを消去するブラックホールと、形が変わっても情報(熱量)が無くなることはないっていう物理法則のパラドックスみたいなんだけどね。
かえる ふーん。
ぼく それで論争が起きてたらしいんだけど、結論として完全なる消去というものは存在しないと。
かえる すごい結論だなあ。
ぼく ね。だからブラックホールに飲み込まれた人間は一つはあっという間に燃えて灰になって、もう一つは無傷のままブラックホールの中に落ちていくんだって。
かえる うーん。それがよく分かんない。
ぼく ぼくも分かりません。理論はよく分かんないんけどさ、この文章がすごくて。
かえる え、どれ?
ぼく ほら。ここ。
『外部からブラックホールに吸い込まれていくまさるを観察した場合、確かに観察側には事象の地平面でまさるの体が燃え尽きるように見えます。(略)一方、実際にブラックホールに吸い込まれる側はアインシュタインの一般相対性理論に考えると事象の地平面で燃え尽きるわけではなく、楽々通過できます(略)ブラックホールに入っていくまさるを外から観察している場合、観察側にとってはまさるが消滅するのがごく自然なことで、まさる本人にとっては消滅しないことがごく自然なことであり、外から観察している人はブラックホールの中を見られず、まさる側からはブラックホールの外を見ることはできないので、物理法則が破られることはない』
かえる わ。なにこれ。
ぼく でしょ。
かえる 死についてみたいじゃん。
ぼく そうなんだよ。
かえる 『観察側にとってはまさるが消滅するのがごく自然なことで、まさる本人にとっては消滅しないことがごく自然なこと』か…。
ぼく うん。
かえる すごいね。「消滅」と「そのまま」が併存してる。
ぼく あのさ、もしかしたらさ。
かえる うん。
ぼく 矛盾ってさ、矛盾のまま存在するのかもしれないって思ったよ。生も死も。存在そのものも。
かえる うん。わお、だ。
ぼく うん。わお。
執筆:2012年6月9日
『大人になれば』について
このコラムは長野市ライブハウス『ネオンホール』のWebサイトで連載された『大人になれば』を再掲載しています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?