大人になれば 40『わに・The End・歌』
ぼくたちはあとどれくらいわにから遠ざかれるのだろうか。ぼくたちは、あと、どれくらい、わにから遠ざかれるのだろうか。
わには大きい。
わには眉毛がある。
わには手を広げている。
わには、追いかけてくる。
わには、ピザが好きだ。
ピザ?
わには意外に足が細い。
ニワトリみたいだ。
わには三匹いる。
わにはヒタヒタとくる。
わにはウーパールーパを飼っている。
ウーパールーパ—?
わには林間学校が好きだ。
わには両生類研究所に勤めている。
わにはぼくを食べるのだろうか。
わにはぼくを抱きしめたいのだろうか。
わにはぼくを止めたいのだろうか。
ぼくたちは、あと、どれくらい、わにから。
ぼくたちは、あと。どれくらい、わに。わに。どれ。どれどれくらい。あと、あと、あと、あと、あとあとあとあとあとあと。どれ、どれ、どれ、どれ、どれどれどれどれどっどど、どどうど どどうど どどう。
どっどど どどうど どどうど どどう
赤いカウボーイハットも吹きとばせ
白いハイウェイオアシスも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
「やっぱりあいつは歌うたいだったな」
「二百十日で来たのだな」
「靴はいでだたぞ」
「服も着でだたぞ」
「むっつりしておかしやづだったな」
わには噂話をする。
「歌ってたぞ」
「歌ってたぞ」
「歌ってたぞ」
「やっぱりあいつは歌うたいだったな」
わにはふと思い出す。
あいつが歌っていたあの歌はいったいどんなときに生まれたのだろう。
わにの脳みそは梅干しの大きさなので、いつもそこで思考は止まってしまう。あいつが歌っていたあの歌はいったいどんなときに生まれたのだろう?
ダンボールおじさんも、チャーリー・ブラウンの死も、スタジアムロックも、こんにちはイエスタデイも、今日は死ぬのがめんどくさいも、ジョージアも、キリギリスも、ロックンロールも。
ぼくたちは小さい。
ぼくたちには眉毛がある。
ぼくたちは歩いている。
ぼくたちは追いかけられている。
ぼくたちは歌が好きだ。
ぼくたちは意外に丈夫だ。
わにみたいに。
ぼくたちは沢山いる。
でも一人だ。
ぼくたちは近い。
ぼくたちは遠く離れている。
ぼくは歌が好きになる。
歌うたいの歌う歌が。
そのとき、そこに、ある歌が。
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
どっどど どどうど どどうど どどう
そしてみんなは、雨のはれ間を待って、めいめいのうちへ帰ったのです。
執筆:2015年7月30日
『大人になれば』について
このコラムは長野市ライブハウス『ネオンホール』のWebサイトで連載された『大人になれば』を再掲載しています。