巨人・大鵬・卵焼き
最近朝にランニングーー朝ランをするようになった。
と言っても「ストイックに毎日続けてる!」だとか「最低5km走る」わけではなく、限界がきたら無理せず歩くという感じだ。
(というかすぐに限界はくる、なんなら大体は歩いてる)
近所にランニングコースのある公園があって、そこに走りにいっている。
朝(ないしは午前中)はまだ日が上りきってないから日差しが強すぎず心地いい。
人(や道中の車)もそんなに多くないから、そういう面でも快適だ。
そんなわけで、とある日の朝ランでの出来事。
僕はゆったりしたペースで走っているのでよく追い抜かれるのだが、その時にランナー同士の会話が聞こえてくる時がある。
(そこそこエイジのいった方が『推しの子』を観たなんて話が聞こえてきて「!」となったことも)
その日聞こえてきたのは、
「巨人・大鵬・卵焼き」
昭和のある年代のトレンドとなったものをリズムよく並べたフレーズと記憶している。
なんでもないこのワードがその日のラン中、ずっと脳内を支配していた。
イマの「巨人・大鵬・卵焼き」とは?
思考ーーじゃあ現代だとなんだろう?
「大谷(翔平)・iPhone ・YouTube」......?
うーむ、わからん。
そもそもニート故?に世の中のトレンドや流行りについて全く感知していないついていけてないのだ。
ならば個人的な「巨人・大鵬・卵焼き」はなんだろう?
好きなものはいくつかあるし、語呂良く三つ抜き出すのは難しい......
ならば2023年に絞ってみてはどうだろう?
そんなことを思いながら、歩みを進める。(この頃には疲れて歩きになっている)
そこで浮かんできたのがコレだった。
「孤独・リハビリ・羊飼い」
自覚的になった孤独
孤独。
これは以前から周期的に感じてきてことなのだが、今年になってより感じるようになった。
いや量的にというよりかは、質的にと言うべきだろうか。
孤独の総量が増えたというのもあるだろうが、それよりも孤独を自覚すること自体が増したように思える。
そして同時に不完全ではありながらも孤独を受け入れようとするようになった気がする。
それは痛みを伴う自覚もあれば、暖かくちょっと勇気をもらえるような自覚もあった。
集団の中にいて感じる孤独もあれば、一人でいて孤独だけど満ち足りているような時もある。
色んな孤独が自分の中にあって、また自分を形作っているようなそんな感覚だ。
気がつけばリハビリ
僕は料理が好きだ。
得意じゃないけど身体を動かすことも嫌いじゃないし、本を読むのは楽しい。
でもある時を境にできなくなっていた。
作り慣れてるパスタを茹でる時に塩を入れるのを忘れる。
動くのが億劫になり、運動不足や不摂生もあって太って更にスポーツから遠ざかる。
本を開いてみても、どうにも文字が頭に入ってこない。
どれも以前はできていたし好んでいただけに、できなくなることは自分にとって衝撃的なだった。落ち込みもした。
しかし期せずしてそれらのことが今年に入ってできるようになってきた。
もちろん以前のような感覚や強度で、とまではいかないものの「またやれるようになってきた」という手応えは確かに感じるようになった。
プロのスポーツ選手も怪我をしてしまった後は治療・休養を経て、以前のパフォーマンスを取り戻すべくリハビリをする。
規模感はまるで違うけど、今の自分はそんな感じなのかな。
なんて思ってみると、なんだかホッとした気持ちになった。
雷に撃たれたかのように羊に惹かれて
僕は今、羊に夢中だ。
毎日ネットや本を読み羊という生き物を知ろうとしている。
元々子どもの頃から動物は好きだったのだが、臆病な性格だったり家族があまり動物好きではなかったこともありそこまで縁がなかった。
しかし年をとるにつれ動物への欲求は高まっていったように思う。
働いていた当時もそうだし、ニートになってからもだ。
単純にペットとして愛でたいとか、自分が何かのために貢献できていると感じたかったというのもある。(当時「養いてぇ」という言葉でこの感覚を意識していた記憶)
多分漠然と「動物との暮らし」で自分に何か得るものがある、いや気づくことがあると思ったのだろう。
以前一人旅をしていて奈良を訪れたことがあった。
奈良公園である。
そこにはたくさんの鹿がいた。
もちろん鹿がいることは事前知識として知ってはいたが、「街中」に存在していることに僕は衝撃を受けた。
鹿が道路を歩いたり、土産物屋のドアの前に立ちすくんでいたり......
そんな人間の世界、営みの内側にいるものとは思ってはいなかったのだ。
(そして間近で見る鹿、かわいかった)
多分この時の経験と、以前より小さく積み上げてきた羊との縁をある時急激に自覚するようになった。
(羊のチーズ、『羊をめぐる冒険』、マトンキーマカレー、もこもこ、などなど......)
羊という生き物を調べてみると、古くから人間の生活に密接に関わってきたことがわかった。
「なるほど、君も人の営みの内側にいられるんだね」
ますます興味。
羊と暮らすという生活ーー羊飼いという生き方が、自分に新しい世界を見させてくれるような気がした。
気がつけば一年以上ぶりにアルバイトに応募していた。
あれだけ腰が重かった自分を、動かしたのは羊だった。
あなたにとっての「巨人・大鵬・卵焼き」とは?
そんなわけで少しずつ変わりそうな僕の生活。
どうなるかはわからないけど、その兆しのようなものが僕にとっての今年の「巨人・大鵬・卵焼き」だ。
過去一年毎の「巨人・大鵬・卵焼き」を考えて自分史にしてみるのもおもしろそうだ。
また、気になるあの子の「巨人・大鵬・卵焼き」ってなんだろう?と考えてみるとその人のことがちょっと理解できたり......?
案外色んな切り口で考えるきっかけになるかも。
あなたにとっての「巨人・大鵬・卵焼き」はなんですか?