拡張現実的錯覚
小学一年生のとき、小学六年生が大人に見えたし、すごくちゃんとしているような感じがしたけれど、中学三年生のとき、小学六年生がまだまだ子供のように見えた。
幼稚園の時、おばあちゃんが住んでいる団地へ行くと、ものすごく高い建物だな、と思っていたけれど、10年ぶりに訪れたら、そんなに高くなかったので、驚いたのを覚えている。多分、身長が伸びたからなんだろうけど、それにしたって、ここまで印象が変わるんだろうか? 大人になると、急激に身体は変化してくれないから、肉体を鍛えようとする人がいたり、顔の衰えを気にする人もいるんだろうか? 歯は、子供の歯から、大人の歯に生まれ変わるのに、目はどうして、大人の目に変わらないんだろうか、と不思議だった。果たして、死ぬまでこの目を使い続けることができるんだろうか? 結局、子供の目から生まれ変わることなんてなくて、どんどん視力を下がってゆくのだから、メガネをかけたり、コンタクトをつけたりしてゆくんだけれど、それでも、実は、生きているだけで、子供の目から大人の目になってしまうんだ、と気づきました。大人の目になることで、自分と社会との余白を埋めることができるけれど、そのせいで、できてしまった余白があるような気がした。その余白が見えなくなってしまったら、私の目は、どんな目になってしまうんだろうか?
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