(f)or so long ... 第6話
はじめに
この話は tel(l) if… の卓実視点の話です。時系列はvol.17以降です。
本編はこちらからどうぞ。
登場人物
千葉 咲恵
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。「tel(l) if…」の主人公。
伊勢
特進コースの社会科教師。毎週火曜日、咲恵の勉強を見ている。
麹谷 卓実
特進コースの男子生徒。本作の主人公。
本文
コンビニの駐車場の、車の来ないスペースに移動した。
「聞かれてもいいよ。で、返事は?」
伊勢先生が好きだから付き合えない。咲恵は、きっとそう答える。俺も、あの人がけっこう好きだ。
だから、負けは潔く認める。勝負はそこからだ。
「卓実みたいな、素敵な人にそう言ってもらえて嬉しい。ありがたいよ。こんなことは、人生で二度とないと思う。けど、やっぱり、卓実はモテるし、人気者だから、私なんかではレベルが高すぎて。それはそれは、本当にすごいと思うよ、卓実は。卓実には感謝してるんだ。でも、私、誰かと恋人になるの初めてだし、迷惑かけると思うから、だから、うん、……」
どうしよう。言っている意味がわからない。
そういえば、彼女にはこういうところがあった。
「ありがとう」はわかる。
たぶん、俺もよく使う、断る前のあいさつだ。
手紙で言えば、時候のあいさつのようなもの。
俺がモテる? それは認める。事実だから仕方ない。
だから?
「それは付き合えないってこと?」
ここまでわずか数秒。思考をフル回転して尋ねた。
「そうだよ……」
やっぱり、そうか。悲しそうな顔をしている。
好意を断る辛さは、俺にもよくわかる。
でも、おかしい。
「それで全部?」
「全部って?」
「俺と付き合えない理由はそれで全部?」
「うん……? そうだね」
伊勢先生は?
どうしてはっきり、「伊勢先生が好きだから」と言わないのだろう。
「それ聞いて俺が納得できると思う? それと、前から気になってたんだけど、その『褒めているようで褒めていない』独特な構文をやめてほしい」
こっちは気持ちに蹴りをつけようとしているのに、そんな言い分は困る。
「こ、構文?」
「俺がモテるから何? 嫌いなら嫌いって言えばいいのに」
たしかに、俺はモテる。
でも、それで何か嫌な思いをさせただろうか。
モテるからこそ、いろいろとリードができて、そこがいいなと思う人もいるだろう。
レベルが高い?
でも、付き合ってはくれないんでしょう?
感謝だの、迷惑をかけるからどうのこうのなんて、一見、良さそうな言葉を使っているだけで、つまり俺はもう用済みだってこと。
だったら、そんな無意味な修飾はやめてくれよ。
「卓実には私の気持ちなんてわからないよ」
「さっぱりわからない」
「卓実は、クラスにいる私がどんな評価受けてるのか、知らないでしょう」
「なんで、そこでクラスの人達が出てくるの?」
「なんでわからないのかが、わからないよ」
良かった。咲恵が俺を見ている。
さっきまでの他人行儀な笑顔は、もう無い。
こんな言い合いで、心が温かくなるなんて知らなかった。
「ごめん、今日はもう勘弁してほしい……立っているのが疲れてきた」
さすがに駐車場の空きスペースでする話では無くなってきた。
でも、一夜明けて冷静になられると、ここまでの努力がゼロに戻らないとも限らない。
変に知恵をつけられても困る。
「え? そうなの? ごめんね。じゃ、俺の家に行こう。ゆっくり話そう」
「家なんて落ち着かないし、方向違うから定期も使えないよ」
バレたか。まぁ、でも、これは布石だ。
「じゃ、そこの公園に! ベンチあるから。いま、飲み物買ってくるから、ここで待ってて。それならいける? 大丈夫?」
「うん……わかった。待ってる」
コンビニに入って、缶コーヒーを二つ買う。
格好はつかないが、一つは微糖だ。
冷たくて甘いコーヒーなら飲めるようになっていた。すごく好きだというわけでもないけれど、いつしか選択肢に加わっていた。
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