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(f)or so long ... 最終話


はじめに

この話は tel(l) if… の卓実視点の話です。時系列はvol.17以降です。
本編はこちらからどうぞ。


登場人物

千葉ちば 咲恵さきえ
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。「tel(l) if…」の主人公。

伊勢いせ
特進コースの社会科教師。毎週火曜日、咲恵の勉強を見ている。

麹谷こうじや 卓実たくみ
特進コースの男子生徒。本作の主人公。


本文

公園のベンチに座る。
公園と言っても、座ると前後にゆらゆら揺れる、バネの遊具が二つと、木のベンチ一つがあるだけだ。周りは駐車場やビルに囲まれている。

「さっき、クラスの評価がどうのこうのって言ってたけどさ、俺はクラスの人たちよりは咲恵のことをわかっているつもりだよ」 

一服したところで、先手を打った。
咲恵はブラックコーヒーの缶に口をつけて、静かに次の言葉を待っていた。

「外面いいけど、結構いい加減で不器用で、運動神経が悪くて、体力がなくて、要領が悪い。伊勢先生のことを異常に崇拝してて、それ以外の人のことはどこかで下に見てる。あと、たまに何言ってるかよくわからない」 

咲恵は何か言い返そうとしていたのか、目線を上げた。これ以上ないタイミングで目が合った。

「それでも好きなんだよ。咲恵じゃなきゃ嫌だ。とりあえず誰かと付き合うこともできたかもしれないけど、しなかった。好きだからとりあえず理由作って咲恵に会いに行ってた。それで意味わからなくなって、振り回したかもしれないけど、全部、好きだったからなんだ」

俺にここまで言わせるなんて、本当に手が掛かる。今さら恥ずかしくはない。後には引けない。

咲恵の瞳が揺れている。
街灯や車のライトからこぼれた光を反射している。
いい子だから、もっとこっちにおいで。

「卓実の言うとおりだよ、私は、要領悪い。だから、今こうやって話しているだけで、いっぱいいっぱいなの」
「俺もそうだよ」
「嘘だ。だって、卓実はみんなに好かれてて、どう転んだって何したって許される。わかっててやってるんでしょう」
「そんなふうに思ってたの?」

誰に何をされたら、そんな偏見を抱くのだろう。
彼女が見ているのは、俺本人ではない。
俺から見える学校や人間関係のネガティブなイメージが作った、仮想敵に対して話しているようだ。

「学校には何しても許される人とそうじゃない人が二種類いて、卓実は前者で、私は後者だもん」

そんな人間はいない。
仲が良ければ多少はそういうこともあるだろう。
でも、何でもかんでもってわけではない。
仲が良いように見えてしこりが残っていることもある。

誰にだって、苦手な人はいるし、衝突することもある。
結局みんな、手探りで試していくしかない。
もし俺が生きやすそうに、許されているように見えているなら、それは普段からの根回しの結果だと思う。
見た目で得しているとは思うけれど、本当に少しだ。話してみたらがっかりだったなんて、思われることもある。

楽しそうに生きなきゃ。
周りとうまくやっていかないと。
それらをこなしていくことに、虚しくなる日だってある。
俺からしてみたら、咲恵の生き方のほうが、わがままでズルいよ。

「咲恵は俺を誤解してるよ。けどさ、じゃあ、そんな俺を利用しなよ。伊勢先生じゃなくて、まず俺を頼ろうとは思えない?」

どう考えたって良い提案だと思うけどな。
その咲恵が認める、レベルが高くてモテモテの俺が、ここまで言っているのだから。

「ごめん、やっぱり、信じられない」

おかしいな。予定だと、もう、落ちているはずなのに。もちろん夕日の話ではない。

「利用しろって、そんな難しいこと、簡単に言わないでよ。正直に言うと、卓実といると、心配事が増えそうだなって思う。私、卓実のせいで、クラスの子に怒られたことあるよ」

学校祭の準備期間中、一度だけ俺のせいで同じ班の子に怒られたらしい。
俺なら怒られても気にしないけど、咲恵は傷つきやすいから重く受け止めたのだろう。

「そうだったんだ。ごめんね」
「いいよ。要領の悪い私が悪いんだから」
「咲恵は悪くないよ」

それから、花火の日に、俺との関係に悩んで泣いてしまったことも教えてくれた。
その話は知っていたけれど、伊勢先生に言わないでほしいと頼まれていたから、黙っておく。

俺は、咲恵が泣いているときにいつも居ない。
そばにいたのは、伊勢先生だった。

「俺のせいで、ごめんね」

気づかない間に、彼女の優しさに甘えていた。
思い返せば、彼女を利用していたのは俺の方だったし、都合よく消えたのも俺だった。
後夜祭のあと、いきなりキスをしないで、はっきり好きだと言えば良かった。
キスのあと、照れくさくて、彼女を置き去りにした。
そのあと、特にフォローはしていなかった。
他の人となら、距離感は間違えない。アフターフォローだって欠かさないのに。

でも、これでようやく謝ることができた。
俺の前から居なくなった理由も理解できた。
俺のことを考えて泣いたと聞いて、胸が痛んだ。
でも、その痛みが(最低だとわかっていても)今は心地よい。

「なんで俺の言葉が響かないのかようやくわかった。付き合ったら俺はなるべくそばにいるし、これからはそんなことしないから。頑張るから、チャンスがほしい」
「頑張らなくていいよ。卓実にはメリットなんてないんだから」
「そう来たか」
まるでねている子どもだ。一周回って、楽しくなってきたぞ。

「小樽のときもそうだけど、いっぱい借り作ってるみたいでずっと申し訳なかったんだ。私、何にも返せてないし、これからも返せないと思う。そんなふうに思いながら付き合うことは」

「できない」と言う語尾を掻き消すように、伝える。つい、前のめりになってしまう。

「それは、俺がそうしたいからしたんだよ。咲恵のことが可愛くて仕方ないから」

彼女は黙った。俺の言葉が効いているようだ。
真剣に受け止めてしまって、手に余って、それを無下むげにすることもできずに困っている。
もう、観念したらいいのに。

「それに、仮に付き合ったとして、卓実と仲の良い人みんなとうまくやっていける自信ない。私のせいで何人かと仲悪くなったりしたら嫌だ」

散々考えて、彼女はそう言った。大詰めだ。それはもう、付き合うと言っているようなものだろう。

「それは考えすぎだよ。別に一緒に会うことはないんだから。俺の周りに人がいるのはどうしようもないことだけど、俺は別に全員から好かれているわけでも、好かれたいわけでもないよ。俺のこと、嫌っている人もいるしね。それから、さっきの、何しても許されるは言い過ぎ。咲恵はそんなに全員から好かれたいの?」

「そのほうが生きやすいでしょ」

咲恵にはそんな生き方は似合わない。
今だって、俺一人に好意を向けられて、かわすこともできずに捕まっている。

「そうかな。たぶん、それ、めちゃくちゃ面倒くさいよ。だから俺は、自分の目の前にいる人だけ大切にしたいと思ってる。咲恵と付き合って、何を言われても気にしないよ」

咲恵は目をつぶってうなりながら何かを考えていたけれど、もう、付き合えない理由は思いつかなかったらしい。
交際するために、そこまで真剣に考えてくれた子は初めてだった。

「わかった、付き合う」
「本当? すぐ別れて伊勢先生に慰めてもらおうとしてない?」
「そんなことしないよ」

そう言って悔しそうにため息をつく顔が可愛い。
もっといじめたくなるけれど、さすがに俺も疲れたからやめにする。

「それは諦めてね。じゃ、本屋だっけ。今から行こうか」

咲恵の手を握る。指をからませる。

そういえば、俺はいつから咲恵のことを好きになっていたのだろうか。
「よし、好きになったから、明日からいっぱい話しかけよう」とはっきり決意した覚えはない。
はじめは興味本位だった。
単に仲良くなってみたいと思った。
小樽で見せた私服姿は、とても可愛かった。

咲恵も、いつから俺を意識していたのだろう。
本当に伊勢先生への恋心はないのだろうか。
でも、今はこの手を絶対に離さない。
どこかに行っても、また探して追いかける。

伊勢先生がアシストしてくれたことは、墓まで持っていくだろうな。


この作品は完結しました。
ご愛読ありがとうございました!

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