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(f)or so long ... 第3話


はじめに

この話は tel(l) if… の卓実視点の話です。時系列はvol.17以降です。
本編はこちらからどうぞ。


登場人物

千葉ちば 咲恵さきえ
主人公。進学コースの女子生徒。伊勢のことが好き。「tel(l) if…」の主人公。

伊勢いせ
特進コースの社会科教師。毎週火曜日、咲恵の勉強を見ている。

麹谷こうじや 卓実たくみ
特進コースの男子生徒。本作の主人公。


本文

あれほど待ち望んだ始業式が終わっても、進学コースの校舎に向かうことはできなかった。
火曜日になれば、伊勢先生めあてで彼女のほうから話しかけてくれるかもしれないと淡い期待を抱いたけれど、そっくりな人影すらない。

その間に、また一人、告白してくれた女子がいた。何度か話したことはある。
夏休み中に断った誘いの中に、彼女も含まれていたらしい。
ただ、気持ちを伝えたかった。彼女はそう言った。
勇気があるな、と思った。
咲恵もこの大胆さを見習ってほしい。

そんな彼女に後押しされたのか、俺も思い切って咲恵の教室に行くことにした。
やけに足取りが軽い。

もし俺に会う気がないのなら、咲恵のその意志はきっと硬いだろう。
彼女の性格から言って、そんな気がした。
だから、これから先も返信は無いし、会いに来てくれることも無い。

顔を見るだけでいい。いくらなんでも、その場で無視なんてしないはずだ。

ドアから覗いたけれど、彼女はいなかった。
探し方が悪いのだろうか。まさか、休み明け早々に席替えはしていないはずだが……
久間田くまたを見つけて話しかける。テニス部で、俺と同じ中学出身で、なっちゃんの彼氏だ。
「なっちゃんに用事があるんだけど」

「あ、ごめん! 忘れてた。サッキーには言ってない」
なっちゃんは俺の顔を見るなりそう言った。
ということは、少なくとも咲恵は俺の伝言を聞いて、その上で無視していたわけではないのか。
だからといって、無視されていることには変わりないけれど。

「千葉さんなら、右沢うざわのところだと思うよ。授業のあと、話してた」
「うざわ? 誰?」
新しくできた友達だろうか。
「古典とか現国の先生。特進では教えてないかも」

「よく知らないけど、あれってセクハラじゃないんだよね? 私なら先生と二人きりなんて耐えられないんだけど」
と半笑いで言ったのはなっちゃんだ。
「知らんけど、部活の関係だろうね、文学部の?」
「文『芸』部な」
一応、訂正しておいた。

「前に千葉さんの短歌が新聞の『今週の一首』に載ったんだけど、それを授業の最初にみんなにプリントにして配ったりしてたよ。自習の時も話したり仲良いっぽい」

また、先生!
咲恵は、そういうのにも応募しているのか。
みんなの前で短歌を配られるって、察するに、結構、恥ずかしかったのではないだろうか。可哀想に。
短歌が恥ずかしいわけではない。ただ、そういうのはわかる人にだけ話すべきでは?
ほぼ半分が運動部のこのクラスで、そんなことをしても、ぽかんとされるだけだろう。

放課後、職員室に寄った。伊勢先生と話すためだ。もしかしたら、咲恵に会えるかもしれない。
最悪、右沢先生とやらの顔を見ることは出来る。

職員室に入ると、話しかける前に伊勢先生が気づいた。
「何か質問?」
「いえ、やっぱり何でもないです……」
咲恵はいなかった。
「あ、そうそう、昨日、千葉さんと話したよ」

俺は足を止めて振り返る。
「場所変える?」と伊勢先生が聞いた。
「別にここでも」
近づいて小声で話す。
「昨日、火曜日じゃないですけど?」
「まぁ、火曜日じゃなくても、別に、いつでもいいんだよ。はじめは律儀に火曜日に話しかけてくれていたけどね。右沢先生とぼくのところに来て、ついでに少しだけ雑談を」

いつの間にそこまで距離が縮まっていたのだろう。やっぱり、花火の日に咲恵を自宅まで送ってからだろうか。花火なんて見ている場合ではなかった。

それから、右沢先生。どうやら、俺に代わって伊勢先生との仲を取り持っているらしい。

これまでは、伊勢先生との仲を取り持つことが俺の存在理由だった。
でも、今の彼女なら、ひとりでも伊勢先生と気軽に話すことができる。
交友関係の狭い彼女は、最後に必ず俺を頼ると思っていた。
実際はもっと強かで、俺を見限ると、すぐに他の誰かを探していたんだ。

「右沢先生ってどんな先生ですか?」
「変わった人だね」
「それ、先生が言いますか?」
「千葉さんのクラスの副担任だね。短歌の師匠でもあるらしい」
「文芸部の活動ってことですか?」

原稿のためなら、俺とわざわざ小樽に行く気合の入れようだ。それなら、納得がいく。

「部活は関係ないみたい」
「それ大丈夫なんですか?」
そういえば、なっちゃんが気になることを言っていた。セクハラがどうのこうの、と。

「変な人だけど、良い人だと思う。図書室に右沢先生の本、置いてるよ。以前、自費で歌集を出版したんだ。千葉さんも読んで勉強してたんじゃないかな」

どちらにしろ、話の中身が短歌なら、俺には入り込む隙がない。
でも、どうしてこのタイミングで、今さら副担任に弟子入りなのだろう。
やっぱり、俺への当てつけか? そう思うのは自意識過剰だろうか。

「大丈夫?」
思っていたよりも黙り込んでいたらしく、伊勢先生に心配された。
「最近、勉強会もしてないからねぇ」
悔しいけど、咲恵は先生のこういうさりげない気配りに惹かれたのだろう。敵わない。
「まだ時間ある?」
「ありますけど」
そう応えると、少しだけ心がざわついた。
「やっぱり、場所を変えようか」

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