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「君のために口を塞ぐ」
世の中「幼馴染み」なんて括りに幻想を持ちすぎだ。
「お前ら出来てんじゃねーの?」
高校に進学して、本格的に面と向かって言われたのは、確か高1の一学期期末前だった。
そんなんじゃねーよ、と、適当にあしらってから、幼馴染みというだけで、まだ付き合えてもいないのにこれだけからかわれるなんて、損でしかないな、と思った。
「じゃあさ、ロングとショートだったらどっちがいいよ?」
カズがどこから持ってきたのか、アイドル雑誌を取り出して言った。総選挙!と、見出しが大きく出た雑誌は、めまぐるしいほど似たような女がたくさん写っていた。
果歩の顔がふっとよぎった。
あのベリーショートの、誰にも媚びていないような後ろ姿を、幼稚園の頃から見てきた。
で、ここで俺が「ショート」なんて答えれば、どんな空気になるかなんて、ちょっと考えれば誰にだってわかる。
「俺はロングだな」
「え!お前ロングなの?意外!」
「大人っぽい子いいじゃん」
「お前年上のお姉さん狙いかよー!」
「そっち系の女子との合コンあったら呼べよ」
軽口をたたきながら、まあ呼ばれても行かないだろうなあと思っていたら、
「お前そう言って、合コン面倒くさがるじゃんかよー!」
と、カズにばれていた。
さすが、わかってらっしゃると思いながら、この話題は飽きたので早々にモンハンの話に持っていく。
「それよりこの前の続きやろうぜ、お前今日は充電してきたんだろうな、DS」
「してきたわー!てか、どうする?おれやっぱ弓やりてーんだよ。防具作るの手伝ってくんね?」
「弓かー、じゃあ俺ハンマーやろっかな。スタンとるわ。」
「とりあえずノブとタカヤ、どこいったんだあいつら。マック行こうぜ。」
カズが携帯で連絡を取り出したので、俺は教科書をロッカーにしまおうと教室を出た。
テスト期間に入りたてのこの時期は、普段部活で堪能できない友人との気だるい放課後が楽しめて、俺は好きだった。勉強は短期集中型なので、二週間前から気合を入れなくても何とかなる。
だいたい、二週間も前から勉強する奴らは、実は授業をちゃんと聞いていないだけだったりする。
地頭の良さだけが勉強に反映されてるわけじゃないって、いい加減気づけよ、とも、思う。
ーーーあいつ、もう家帰ったかな。
ベリーショートの幼馴染みが脳裏を過ぎった。
授業をちゃんと聞いていない上に頭の悪い奴が、俺のそばにいたな、そういえば。
夏に入りそうなこの時期が、わくわくして、何かが待っていそうで、大好きだった。
ーーー*ーーー*ーーー
「お前もうずっと髪切ってないじゃん。」
高2で、果歩と同じクラスになった。
あんなに短かった髪が、肩より少し長いくらいで垂れている。
女子の多くがマフラーを巻き出した頃、果歩の伸びた髪がマフラーの上に散らばっているのを見て、時間の流れに驚いた。
「うるさいな。JKなんだから髪くらい伸ばすわ」
髪のことに触れるとやたらと機嫌が悪い。
幼稚園から一緒だと、もう大体の事が検討つくだろうと思われがちだけれど、未だにこいつの考えてることがわからない時がある。
あまりにも昔から、男みたいに運動神経が良くて、同じように遊び回っていたので、途中まで果歩が女だということをすっかり忘れていた、と、思う。
ある日唐突に気づいたのは、小学校の球技大会用にゼッケンを縫いつけなければならなくなった時だった。
「おかーさんに任せよう~」なんて、気軽に口に出す友だちの横で、果歩は何事もないように笑っていた。
なのに、
家に着いて、俺の母さんが「果歩ちゃんの分はおばちゃんが縫うからね」と、笑顔で言った瞬間に、果歩は堰を切ったように泣き出した。
お母さんがいなくて、ゼッケンを縫いつけられない自分は、球技大会に出れないと思っていたらしい。
少し考えればわかるだろ、出れないわけ無いだろ、と、小5の俺は後で果歩に突っ込んだけれど、目の前で泣き出したあの姿に、少なからず衝撃を受けた。
女の子みたいに泣くんだ。
と、思ったあとに、いや、女の子だ。と、気づいた。
果歩のゼッケンを縫いながら、その夜母さんは言った。
ーーーあんたは男の子なんだから、果歩ちゃんのこと守ってあげてね。
ーーーうん。
ぐしゃぐしゃに泣いた果歩の顔が、頭から離れなかった。
ーーー*ーーー*ーーー
「クリスマス、二人で会うんだって?」
教室の窓ガラスが、外の寒さと室内の熱気で白く曇り出した頃だった。
ロッカーが隣同士の内山沙也加が、ロッカー越しに小さな声で聞いてきた。
「ーーーおう。」
女子は苦手だ。
けれど、この内山という女子は、女子じゃなくても苦手だったと思う。
悪い奴じゃないことはわかる。
果歩と、この内山と、もう一人峯崎という女子は、三人でよくつるんでいる。果歩のことを随分と大切にしてくれているのが、傍目にも見て取れる。
果歩を泣かせるなよ、と、見張られているような気持になるだけだ。
「珍しく進展してるじゃん」
切れ長の目に、ショートの髪、物言いが冷たいので、内山を苦手だと言う男子は多い。
男装の麗人、という印象だ。
果歩が「さやちゃん」と呼んで慕っているのを見ると、多少焦るから不思議だ。
「別に。なんもねーよ。」
「明日服買いに行くんだよね、3人で。」
「え、クリスマスのために?」
思わず聞き返してしまった自分を呪ったけれど、もう遅かった。にやり、と笑った内山が、ロッカーをバタンと閉める。
「楽しそうだったよ。」
くす、と、笑ったあとに、内山が何事もなく教室へ戻っていく。
たぶん、バレている。色々なことが。
ただ、内山はそんなことで騒いだり、果歩に思わぬ形で告げ口したりすることもないので、何となく警戒を緩めていた。
内山と話が弾むかと言われたらそうではないし、したとしても果歩の話になってしまうのは明白だけれど、女子がみんなあれくらい落ち着けばいいのに、と、少し思う。
あいつらは、果歩の母親のことをどれくらい知っているんだろう。果歩は、母親のことをなんて話しているんだろう。
到底聞かせてもらえないだろうに、三人が話している内容を想像して、顔が赤くなるのを感じた。
明日の買い物で話す会話の全て、聞けるものなら聞きたいくらいだ。
情けない顔を誰にも見られないように、俺はもう一度開いたロッカーの中で、隠れるように深呼吸した。
誰かに相談したいことは山ほどある。
けれど、それでアイツが困ることになるとしたら、俺は口を塞ぐ方を選ぶ。
誰にも知られなくたっていいから、果歩がこれ以上泣かなくてすむように、手放しで、あの鈴がなったみたいに、全身で楽しそうにする姿が続くように。
果歩の笑った顔を瞼の裏に映してから、俺は今度こそロッカーを閉めた。
〈了〉
※12/5 17:08 誤字がありましたので加筆修正させていただきました。大変失礼致しました。
御指摘いただいた方、本当にありがとうございます。誤字脱字など、何か気付かれた方いらっしゃいましたら、今後も教えていただけると嬉しいです。宜しくお願い致します。