「彼女の話」
家でだらりとしながら携帯で掲示板を見ていた。
ブックマークしているその大きな掲示板には、ありとあらゆる様々な相談や無益な論争が日夜繰り広げられている。
こういう何でもない時間が最近なかったなぁと思いながら、とある掲示板のスレに目が留まる。
「恋人の浮気相談スレ part879」
あぁやっぱり、浮気って多いんだな。勝手に独り言ちた。何せ自分が浮気をしている当事者だ。学生時代から付き合っている彼女のほかに、もう一人、ここ一年くらい付き合いのある女性がいる。彼女の方には恐らくばれていないだろうとは思いながらも、いつかはどちらかに絞らなければならないし、いつまでもこんなことは続かないと、心のどこかで思っている。
興味本位で、浮気をされている側の心境が知りたくなり、スレを覗くことにした。
「これ、俺のこと…?」
10分後には冷や汗が出ていた。初デートの場所や、彼女しか知り得ないキーワードが、いくつも散りばめられていた。出会いのきっかけなど、知り合いが読めば特定されるくらいの整合率で。
掲示板は、一しきり相談が続いた後、彼女の「彼を殺して、あたしも死にたい」という、なんとも重苦しい台詞で、次の相談者へと話の主軸が移っていた。
「彼を殺して、あたしも死にたい」
はたして本当に彼女が打ったのだろうか。実はずっと気づかれていて、重荷になっていたのだろうか。背筋に嫌な汗がつー、と一筋ながれた。殺しに来るのだろうか。いやまて、本当に彼女なのかどうかもわからないし―――。
ピンポーン
来訪者が来るには幾分遅い時間だった。
思わず「うわっ」と、いい大人がソファの上で縮こまった。恐る恐るインターフォンをのぞいた。
―――――彼女だ。
やはり、さっきの書き込みは勘違いではなく、やはり、やはり彼女だったのだ。こんなに追い詰めていたなんて。反省よりも恐怖が勝った。寝ていたことにしよう。不幸中の幸いというのだろう、アパートのマスターキーを失くしてしまっていたから、彼女のスペアキーは一度返してもらっていた。
よかった。本当に良かった。
布団の中でがたがた震えながら、チャイムの鳴る音にひたすら耐えた。
―――しばらくするとチャイムは止んで、彼女から携帯にメールが来ていた。
「通りがかりに寄ったんだけど、寝ちゃってる?」
―――とにもかくにも、もう彼女と会うことは出来るだけ避けるべきだ。
何だか無性に、同じ秘密を共有した浮気相手と連絡が取りたくなった。
いつか選ばなければいけないのだから。早いに越したことはないだろう。学生時代からずるずると続いていたが、結局は今、魅力的だからこそ浮気相手と出会ったのだ。はっきりとしてしまえば、何も後ろめたいことはない。
「今度大事な話がある。」
浮気相手にそう送ると、なんだか急に安心して睡魔が襲ってきた。
* * *
掲示板では様々な浮気相談であふれていた。
「相談に乗ってくれてありがとう。」
とりあえず彼女の相談がひと段落したので、スレ住人に感謝を述べた。
ずいぶん長いことパソコンの前にいたな、と、携帯を見てみると、メールが来ていた。
「今度大事な話がある。」
あぁ、ようやく私を選んでくれる。
パソコンの前で、私はもう一度、彼が話していた「彼女の話」を読み返した。
〈了〉