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「愛のことば」
昼間。人のまばらな車内に響く、笑い声で目が覚めた。
ふと目をやると、数人の女子が「そんなに大声出さなくてもいいじゃない」という音量で盛り上がっていた。
同世代の女子が複数で盛り上がっている姿は何かと恐怖を感じる私なのに、彼女たちの、どことなく地味な服装やメイクを見て、根拠はないが何故か安心し、そして思う。
”自分、いやなやつだなあ。”
私はその一瞬で、彼女たちを見下したんだ。自分よりも格下だと、ランクが下だと、そう思ったんだ。――――気づいてしまうと余計にへこんだ。
電車がトンネルに入って、座っている自分が真っ暗な窓ガラスに映り込む。
寝起きの頭が少しずつはっきりとして、けれど頭の中は空っぽのまま、私は自分の姿を見つめた。トンネルに入った瞬間から、耳鳴りと風圧の音が絶え間なく響いて、それに負けないように笑い声をあげる女子たちの声が聞こえる。
視界のすみにうごめく彼女たちの一人の鞄が目に入った。
うすっぺらい合皮で出来ていて、どことなく安っぽく感じた。あまりにも白すぎるレースで縁取られたその鞄は、また私を安心させた。安っぽいものがその人のランクを下げてしまうのか、その人が持つと安っぽく見えてしまうことが問題なのか、私にはわからない。けれど、トンネルの中、ごうごうと音を立てて走る電車の中で、どんどん彼女たちは滑稽で、無理をしているように見えた。音だけの時はあんなに楽しそうで、無敵そうで、怖かったのに。
誰かと話すとき、たくさんの「誰か」と一緒にいるとき、何度も何度も周囲を気にして、自分のランクを計算してしまう自分には、物心ついたころから気づいていた。教室の中、休み時間、私の立ち位置はどこだろう。この台詞は誰が言うべき台詞だろう。演出家さながら、自分の役割やランクは常に意識して動いていたように思う。
好きな人が近くにいれば、気づいてもらえるようにうるさくならない程度に大きな声を出していたし、誰かの相談を聞くとき、「親身になってあげたい」と思う自分と、「今私は親身な顔を造れているかな」と心配する自分がいた。複数の中で全員の興味を惹くようなワードを出せると、「ナイス!」と、自分の中でこっそりガッツポーズ――――。
風が、勢いよくぶわっと放出されたような音と一緒に、薄暗かった車内いっぱいに光が差し込んだ。トンネルを抜けたのだ。
彼女たちはトンネルを抜けたことで、今までの自分たちの声量に気づいたのか、顔を見合わせて「やってしまった」という顔をして、それから静かになった。静かに、けれど楽しそうに話していた。
私は、たぶん、彼女たちのことを嫌いじゃない。
楽しそうで、嬉しそうで、ああいう子たちは「本当の友だち」だけ周囲にちゃんといて、小さいけれど手入れの行き届いた、丁寧な世界で生きているような、そんな気がした。こんな考えですら、私の、勝手なラベリングなのだけれど。
これから会いに行く大好きな人は、こんな醜い私を知らない。
こんな私を、こんなことを考えている私を、知ったらそのまま嫌いになるだろうか。くだらない葛藤と、ラベリングでいっぱいの私を、「くだらない」と笑うだろうか。
どちらにせよ、私はこのことを私だけの秘密にする。
誰にも言わないし、誰にも見せない。
そうして取り繕った私が、本当の私だと思うから。誰かの理想を裏切ってまで告白したいことではないから。――――そう思うけれど、たまに不安になる。特にこんな、街中みんなが楽しそうに見えるこんな日は。
改札の向こうに、イヤホンを耳に入れ、携帯をいじるあの人が見えた。
じわじわおなかが温まって、少し早足になる。
醜い部分を秘密にすることが、私の愛です。
〈了〉