「世界が終わる夜に」
「未来が見えるんだ」
まさか喫茶店に入って、頼んだコーヒーが来た途端にそんなことを言われるとは思わなくて、白いカップに近づけた口が「え?」と、音をもらした。
「でね、今夜世界が終わるの。」
よく晴れた日の午後だった。まだ桜が咲くには少し遠い頃。何なら初デートの日だ。
「へえ。ーーー何時くらいに?」
「夜。」
「ーーー時間はわかんない感じ?」
「星がはっきり見えるくらいの頃かな。」
そう、とだけいって、掴んだままのコーヒーをようやく口の中に流し込んだ。動揺が伝わったか、それとも僕の言動が何かしら可笑しかったのか、彼女はコーヒーカップを手のひらで包むように触れると、口元に笑みをたたえたまま、窓の外に視線をずらした。
「金色の、大きな流れ星が空を走るの。世界の終わりは、それが合図。」
遠くの空を懐かしむように彼女は言った。
何だかうまい言葉が一つも出てこなくて、味のしないコーヒーがするすると喉の奥に消えていった。
世界の終わりを予期した彼女は、何事もないように視線を僕へ戻すと、ようやく、コーヒーをひとくち啜った。
夜はいつもどおり、静かに降りてきた。
星が少しずつ光を強くして、辺りはすっかり夜だった。彼女は2杯目のコーヒーをゆっくりと飲み干すと、「そろそろ行こう」と、コートに袖を通した。
「ねえ、タケルくん。」
彼女は僕の左側を歩いた。小さな歩幅が回転して、僕の横にぴったりとつく。
「世界が終わる日はね、それはイコール、新しい世界のはじまる日よね。」
そうだね、と、小さく返した。今日言うはずだった言葉が何一つ言えないまま、僕らは夜を歩く。
ふと、見上げた空に、金色が線を引くようにすっと横切った。
「あ、流れ星…」
と、言いかけて、星に気を取られた僕の前で、ヘッドライトが大きく揺れた。鈍い衝撃音がして、左側にいた彼女が一瞬で飛んだ。
スローモーションのように、彼女の口がぱくぱくと動いた。
だ い す き 。
そうやって動いた気がした。
今日言うはずだった言葉が何一つ言えないまま、なぜか彼女の口から、赤い血と一緒にこぼれていた。
夢を見るのはそれからだ。
少しだけ未来のことがわかるようになった僕。
世界が終わる日は、それはイコール、新しい世界のはじまる日。
こうして僕は、彼女の言う通りになったのだ。
〈了〉