「御盆の頃に思うこと」
いつの御盆だったか、もう思い出せないのだけれど、私の家は毎年ちゃんと供養をする家で、その年も親戚一同が祖母の家に集まって、迎え火を灯す夕暮れの中にいた。
8月のその日は例年より幾分涼しくて、田舎の、畑のど真ん中に建つ祖母の家で、久しぶりの従兄弟たちと一緒に網戸のそばで日が暮れるのをぼーっと眺めていた。
あまりにも綺麗な夕日だったことと、最近買ったばかりのデジタルカメラのことを思い出して、私は荷物から小さなカメラを取り出し、遠く雲が立ち上る空に向けた。
パシャッ
買ったばかりのカメラに、深い橙がくっきりと写る。
「きぃちゃん、新しいデジカメ買ったの?いいなぁ!」
従兄弟がきらきらした目をカメラに向けた。新しい電化製品というのは、持っているだけで話題をかっさらっていく。
「これ、赤外線で写真送れるんだよ」
「そんなことできるの?すごい!」
「きぃちゃん、僕のこと撮ってよ!」
私たちが一しきりカメラで騒いでいると、祖母が台所へ行くのを見計らって、叔母が私にこっそりと声をかけた。
「きぃちゃん、悪いんだけどさあ、おじいちゃんの仏壇、それで撮ってくれないかな。」
「え―――」
私が驚いていると、叔母は一度台所へ視線を送り、心底申し訳なさそうに続けた。
「ほら、おばあちゃんももう高齢でしょう?お仏壇の盆飾り、今はおばあちゃんが一人で全部やってくれているのだけど、いずれ私たちがやることになるだろうから、物の配置とか、収めておいてほしいのよ。」
まぁまだまだ元気だし、当分は手伝わせてもらえなそうだけど、と、少しおどけて見せながら、けれどそのあとでもう一度、「ね、お願い」と頼まれたので、これはどうにも断れないし、まあいいか、と思い、「わかった」と頷いた。
いざ仏壇の前に立つと、どうにもカメラを向けることが憚られた。
ひと口程度に盛り付けられた御膳や、雪洞、すべてを入れた仏壇の全体図をまずカメラに収めた。
パシャッ
菊の花が鮮やかに写っている。
今度は仏壇に近づいて、御膳の様子を写真に収めることにする。
「おじいちゃん、ごめんね、撮るよ」
一応、祖父に向けて呟いてから、ピントを合わせる。
パシャッ
近すぎたのか、ぼやけてしまった。
これでは御膳の配置どころか、これが何なのかもわからない。
パシャッ
今度は上手く撮れた。ピンボケもしていないし、ただ少し、斜めになっている気がするくらい。
その後何枚か様々な構図で写真をおさめた。
「一応もう一枚撮っておくか――――」
パシャッ
液晶に表示された写真の違和感に、その時は頭が回っていなかった。
気が付いたのは夕食も済んでしまって、食卓でお茶を飲みながら撮った写真を確認していた時だった。
「あれ――――?」
すべての写真を順番に見ていくと、何故か一枚だけ、逆さになっている。
何枚か同じ構図で撮影した「御膳」を上から収めた写真だった。
私の向きからこの写真を撮るためには、カメラを逆さにして撮らなければいけない、そんな構図で、写真が、残っている。
――――まるで仏壇の中から撮ったような構図。
一瞬、鳥肌がさあっと立ち、冷たいものが背筋を走った。
その場にいた親戚が、水を打ったように静まり、写真の前に集まった。
叔父が「今のカメラは、重心によって上下さかさまで撮れたりするからなぁ」と、なだめるように言うまで、何となく、不思議な空気が漂っていた。
叔父の発言で、私もようやく冷静さを取り戻し、「それもそうか」と、お互い安心したように顔を見合った。
そんな中、たった一人祖母が、いつまでも覗き込むようにその写真を眺めていた。
「おばあちゃん、それ、私の撮り方のせいで逆になっちゃったみたい。」
私の言葉が耳に入っていたのか、未だにわからない。
祖母はゆっくりと、
「おじいちゃんからは、こうやって見えるのねぇ」
と、しわしわの手で、大切そうにカメラの液晶を撫でた。
祖母は未だに健在で、今年も元気に御盆の飾りを作っているのだという。
一番形のいい胡瓜と茄子を馬と牛に変えて、祖父の帰りを待っている。
<了>