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「元気が出ない」が治らない

 1ヶ月ほど、ひどい肌荒れに悩まされていた。生え際から顔の皮膚がぽろぽろとはがれ落ちて来るのだ。朝にメイクをした顔が夕方には端からひび割れ、はがれた皮が今にも落ちそうになっている。指先で触れるとそれは粉になって崩れ、髪についたりはらはらと肩に落ちたりした。
 私は焦った。自分は一体どうしてしまったのだろう。
 友人の勧めやインターネット上の口コミに従って、荒れた肌に良いとされていることを片っ端から試した。お風呂上りには化粧水やオイルを何層にも塗り重ね、化粧品も替えた。
 それでもまだ治らない。いや、むしろ荒れは広がってくるようで皮むけは目元にまで広がり始めた。

 いよいよ覚悟を決めて病院に行くと、医師は私の肌をちらりと見るなりきっぱりと宣言した。
「一週間で治します」
 そんなに簡単なはずがない、と思った。
 私自身があらゆる手を尽くして、1ヶ月も治らなかった肌荒れだ。一週間で治るなんてとても信じられない。

 そして半信半疑で処方された薬を使って一週間、私の顔の荒れは魔法のようにすっかり治った。
 簡単なことだったのだ。もっと早く病院に行きさえすれば良かったのだ。

  *

 離婚から一年以上、ずっと「何だか元気が出ない」という厄介な症状に悩まされている。
 
 毎日何度も元夫の暴力や暴言のことを思い出す。そんなことを思い出すのは嫌なのだけれど、記憶が侵入してくるのをどうしても止められない。

 何をしていても頭の後ろに薄い闇が貼りついているような気がする。その闇は毎日何度も私に囁くのだ。
「あなたは一体何が楽しくて生きているの」
私はそれにうまく答えられない。一人の部屋でうずくまって、ううう、とうめく。自分が欲しかったものや持っていないもののことを考える。それらを手に入れることはもうできないのかもしれない。ううう。私はうめく。

 元夫の暴力に悩んでいたころは、離婚をすれば元気が出ると思っていた。離婚をしたばかりのころは、仕事を変えて環境を変えれば元気が出ると思っていた。そして仕事を変えて数か月たった今、私は未だに何だか元気が出ないのだ。

 こんな時には「苦しいことは時間が解決してくれる」と思うのだが、これは時にとても残酷なフレーズだ。時間が経つのをただ待つことだけしかとりうる選択肢がないというのは、あまりに辛い。

  *

 今の私の状態は、肌荒れを直そうと必死に手を尽くしていたときの状態に近いのかもしれない。状況を改善しようとあれこれ考えて手を尽くすけれど、どれも決定的な解決策にはならない。転職も新しい習い事も趣味も旅行も、どれも悪くないアイデアだったと思うけれど、「元気が出ない」の根本的な解決策ではなかった。

 肌荒れが病院の治療ですっと治ったように、適切な手当をすれば気持ちもすっと治るものなのだろうか。
 結局のところぼんやりと思うのは、人間関係で傷ついたことは人間関係の中で癒していくしかないのかもしれないな、ということだ。暴力の記憶は、暴力と無縁の安心できる人間関係の新しい履歴で上書きしていくしかない。暴言の記憶は、穏やかな会話の新しい履歴で上書きしていくしかない。人と関わることは怖くないという体験を何度も積み重ねて、過去の辛い経験はもう繰り返されないのだということを自分に教え込んでいくしかない。
 病院の薬ほど即効性があるわけではなさそうだけれど、それはきっとゆっくりと効いてくる。
 
 もうしばらく、わたしの「元気が出ない」の手当は少しずつ続いていく。肌荒れが治ったのと同じように、しっかり適切な手当をしていけば、傷はきっといつか癒える。

 案外、ジャニーズタレントの追っかけにはまったりすると、疑似的な恋愛感情で一気に回復していきいきと元気になったりしそうな気もするけれど、どうなのだろう。試してみる価値はあるかもしれない。

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