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「利益最大化」から「付加価値の最適分配」へ-成熟経済社会における日本発、すべての人のための新しい会計-

働く人々の所得が増え、研究開発費など事業投資額が増え、高い士気やイノベーションが生み出され、政府の財政健全化が進み、中長期の株主利益も向上する-

そんな未来を実現したい方にぜひ読んでいいただきたい一冊。
『「新しい資本主義」のアカウンティングー「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア』(早稲田大学教授 スズキ トモ)

まずはぜひ著者による動画解説を見ていただきたい。

書籍『「新しい資本主義」のアカウンティングー「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア』(早稲田大学教授 スズキ トモ)においては、冒頭カラー30ページ程度でダイジェストが分かりやすくまとめられている。

本書の内容は難解ではないものの、今までの資本主義や会計の常識を覆すものであるため、理解には一定の知性と柔軟性が求められる。しかし、本書は読者を丁寧に優しく、ときに厳しく、筆者の抱く問題意識から具体的な解決策へと導いてくれる。

本書の「目的」は、経営者にとっても従業員にとっても投資家その他の主要関係者にとっても、実体経済上の士気や幸福感と連動するような付加価値や所得を計算・分配する制度を再構築することである。また、それにより、自律的で持続可能な経済社会の創造に貢献することである。現代日本経済の根本的な問題の1つは、利益や株価が、あるいはその計算構造が、実体経済や市民生活の幸福感との間の高い連関性を失ったことにある。

『「新しい資本主義」のアカウンティングー「利益」に囚われた成熟経済社会のアポリア』
(早稲田大学教授 スズキ トモ)
P51より引用

詳細は本書をお読みいただきたいが、私が特に印象に残った箇所を3点挙げさせていただきたい。

1.日本の社会経済的背景に即した解決策が求められる

本書では安易で無批判な欧米の模倣ではなく、日本の社会経済的背景を深く理解した上での制度設計が求められるという点が繰り返し強調されている。

著者はLSE(London School of Economics and Political Sciense)にて「社会科学哲学(修士号)」、オックスフォード大学にて「会計・経済の哲学(博士号)」を取得し、オックスフォード大学で20年にわたり「サステナビリティ・マネジメントと会計学」の主任教授を務めるなど、豊かな国際的知見・見識を有している。

だからこそ、建設的な批判を行い、安易な欧米の模倣は慎み、その国や地域の社会経済的背景を丁寧に理解した上での解決策、制度設計を筆者は提案している。

それでは、日本特有の社会経済的背景とは何か。

それは本書によれば、①「準・完全競争」、②「準・需要飽和」、③人口減少、④大規模な自然災害などに起因する危機管理の必要性の4つであり、総括して、「成熟経済社会」と称している。

それぞれ具体的に何を意味するかは本書に譲りたい。重要なことは、日本は欧米とは異なり、「成熟経済社会」にあり、それを前提とした解決策を見出す必要があるということだ。

この点、正直に申し上げれば私はとても耳が痛かった。今まで、公認会計士として、IFRS(国際財務報告基準)の導入に従事したり、統合報告書の導入支援を行ったり、国際標準化、欧米へのキャッチアップは良いことであるという前提に立っており、それを疑う知性や勇気がなかった。本書はまさに私のような無知で愚かな人間への戒めのようにも感じられ、とてもありがたかった。真摯に反省し、今後の指針として肝に銘じたいと思う。

2.「利益」は「株主」に帰属する付加価値に過ぎず、「すべての関係者に帰属する付加価値」ではない。

会社は誰のものか。
会計は誰のためか。

ステークホルダー資本主義、SDGs、国際サステナビリティ基準…
どれだけ新しい考え方が広がろうと、会社法上、会社は株主のものであり、会計制度上、会計は投資家のためにある。

「利益」は良いものである。それを誰が疑おうか。
しかし、それを疑う知性と勇気が求められている。

「利益」とは「株主」に帰属する付加価値に過ぎない。
成熟経済社会下において、売上の成長が期待できないのであれば、利益最大化のためには費用を最小化しなければならない。(株主)利益を最大化させるためには、人件費や研究開発費等の削減を行うことも求められる。これらは、働く人々の意欲を減退させ、新たなイノベーションが生まれることを阻害する。そんな中、株主への配当や自社株買いを進めることで、経営者や従業員、将来事業投資が犠牲になる一方で、株主への還元は増加していく。これがここ日本で20年間起こっている。

これを最適配分に変えようというのが本書であり、「付加価値分配計算書」を提案している。

具体的な導入方法や実務上の課題、懸念等については本書をお読みいただきたい。エクセルによるシミュレーターまで公開されている。

重要なことは、「利益」とは株主に帰属する付加価値に過ぎず、これを最大化することと、役員、従業員、事業、政府の付加価値を最大化することは同義ではなく、むしろ成熟経済社会下においては相反するということである。

3.会計は経営や経済に大きな影響を与え、「静かな革命」を起こすことができる。

本書では、「付加価値分配計算書」だけでなく、筆者がインドで提案し、実際に採用された"One Additional Line"革命が紹介されている。これは、損益計算書に一行「CSR(社会的責任)費用」という行を追加することで、純利益比で4~6%のCSR費用を創造することに成功した事例である。

このように、会計を変えることによって企業の行動が変わり、社会が良くなっていくということが既に証明されていることに感銘を受けた。

実際に過去に成功実績を有する著者だけに、本書の提案は説得力を持っている。

今後の期待

本書でも指摘されているが、本書はあくまで日本の上場企業を対象として書かれており、中小零細企業やスタートアップについては記載がされていない。特に私の関心の高い社会課題解決型スタートアップ(インパクトスタートアップ)を前提に考えるとどうなるだろうかということは大変興味深い。

また、オルタナティブ・マーケットの創設という提案も興味深く読んだ。グロース市場、プライム市場、その次のマチュア市場のようなイメージだろうか。これは、成熟企業群を集めた「新しい資本主義市場」と本書では称されている。これとは別議論として、インパクトスタートアップのための新しい市場の創設も考えられるだろう。

さらに、本書では政府への分配についての記述はあるものの、地域コミュニティや環境に対する分配については十分に書かれていない。これはインパクト会計によって補足することが可能ではないかと思われる。

いずれにしても、世界に先駆けて成熟経済社会に直面する日本こそ、新しい資本主義のモデルを開発し、国際貢献ができるという主張には大いに勇気づけられた。私たちが直面している課題は困難であるが、その先に未来の希望を見出すことができる、そんな一冊であった。

より詳細を理解されたい方は以下の動画を参照されたい。
経緯・問題編(20分)
政策・解決編(30分)

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