おかねは、なんのためにある?
給湯器が壊れてから、
モモちゃんは
シャワー難民となっている。
あれから毎日、
介護タクシーでインターネットカフェに行き、
シャワーだけして帰るという日々が続いている。
インターネットカフェでは、
すっかり有名人?になってしまい、
「明日は何時に来られますか」
などと尋ねられる。
…たった4日で、すでに顔パス?
歓迎されている…
というわけじゃないと思う。
モモちゃんは
段差を越えたり階段を上がるのが怖くて、
何度も何度も大声で叫ぶ。
モモちゃんを介助していたヘルパーさんは
インターネットカフェのスタッフさんに、
「あの…
すみませんが、
もう少し声のボリュームを落としていただければ…」
と言われたのだそうだ。
エレベーターからフロアに入るドアは、
普段は鍵が閉まっている扉なので、
スタッフさんは入店、退店のタイミングで、
私たち「モモちゃん御一行」に
付きっきりとなってしまう。
本当に申し訳ないなと思う。
これまでモモちゃんのおでかけは、
だいたい週2回だった。
介護タクシーで往復すると、
まあまあな出費なので、
そのくらいが限度だった。
自治体発行のタクシーチケットなんて、
とうの昔に使い切った。
それなのに1月いっぱいは、
毎日、介護タクシーでの往復が続く。
…
じっと手を?
うんにゃ…財布を見る…
去年は無謀にも、
モモちゃん連れでライブに行ったため、
かなり散財してしまった。
今回は、
「楽しいことに使う」ってわけじゃないけど、
モモちゃんにとって、
シャワーは「なくてはならないもの」だから、
…ていうか、
シャワーがないとキレるんで、
もったいないような気がしても、
ここをケチるわけにはいかない。
ああ、窓の向こうには、
もうひとつお風呂があるのに…とも思うけど、
モモちゃんは外に出てほんの数歩で、
てんかんを起こして倒れた過去がある。
天国に連れていこうとして、
地獄を見たら、情けなさすぎる。
今日は1月17日。
5時46分になると私は、私は黙とうした。
モモちゃんはテレビを観ながら
「阪神淡路」「阪神淡路」と、つぶやいていた。
30年前、
全壊した実家の建物を見て、
私たちは茫然と立ち尽くすしかなかった。
震災が起きるたびに、
「公費解体」が話題にのぼるけど、
私の記憶でも、行政のホームページを見ても、
「公費解体」の申請が可能になったのは、
地震から1か月近く経ってからのことだった。
とくに阪神淡路大震災は被害が大きすぎて、
すぐには把握するのも難しく、
被災者の救済をどうすればいいかという、
支援体制もまだ整っていなかった。
母は目を泣きはらし、
小声で絞り出すように、
「自費で解体する」と宣言した。
飼っていた犬が、
建物の下敷きになってしまっていたからだ。
周囲では、人が亡くなっている。
人を救済するための解体は、
申請どころではなく優先されていたはずだけど、
家族を亡くした人の心情を考えると
「犬が…」と、
大きな声では言えなかった。
犬小屋は倒壊した建物に潰されていて、
犬が生きている気配はなかった。
何度名前を呼んでも、何も返ってこない。
それでも、
とてもそのままには、しておけなかった。
申請したからといって、
すぐに公費が支給されるわけではなく、
倒壊した建物の数からすると、
何か月かかるか想像もつかなった。
解体にいくらかかったのか、
私は覚えていない。
尋ねなかったのかもしれない。
父と母は、
親戚が送ってくれたお見舞金を
全額つぎこんだようだった。
真冬の気候が幸いして、
犬はきれいな姿のまま発見された。
父と母は、
そんなふうにお金を使う人たちだったので、
亡くなったあとは、
見事に何も残っていなかった。
でも、
モモちゃんが毎月受け取れるような、
障害者のための保険に入ってくれていた。
モモちゃんにとって、
今の不幸は「うちのシャワーが壊れていること」で、
せめてものしあわせは、
「ちょっとがんばって、外にシャワーしにいくこと」。
たくさんではないものの、
年金だけじゃなく月払いの保険金があるというのは、
ちょっとほっとする。
お金は、
こころのために使わなきゃと思う。