血縁

種の保存、生命の本能、全ての生物が子孫を残すのだろうか、しかし私にはそれができない。そもそも私の周りには40近くになっても結婚しない、できない?人しかおらず、子どもに触れ合う機会もなく街でみかける幸せ家族や無垢な子どもの笑顔ですら気にかけないどころか嫌悪感すら抱いていたような、そんな器の小さな冷たい人間でありました。子どもを授かった友人たちも一様になんだか別人になってしまったような、親というスイッチが起動したのだろう、多忙になり自然に疎遠になってしまっていた。養子を迎えるということは当然血のつながりもなく、性格も顔も自分または今日子の遺伝子が受け継がれている事もなく、いわゆるアカの他人というものであり、そのような子どもを私ごときが可愛いがり育て上げるなどと考える余地もなく、未熟者の私は途方に暮れていた。しかしよくよく考えてみると私は自己肯定感が低く、世に言う不細工である、成績は多少良かったが、不細工なりに人生を生き抜くための手段にすぎず、性格もひねくれていて正直自分の子孫などはいらないと考えていたほどであった。その点今日子は性格も真っ直ぐで明るく、割とちやほやされる人生を歩んできたようなタイプであったので今日子似の男の子だったら、生まれてくる子も多少は人生楽しいのではないかなどと考えていた事もあったのだ。叶わぬ夢ではあるが。

いくら考えても答えなどみつからない。ボブディランの言うように答えは風に舞っているのであろう。 今日子に言われるがまま私は自治体などが主催する里親になるための研修に参加する事になった。まあどうにかなるだろう、今日子にも少なからず希望が見えているようで、何よりその気持ちを壊さないように協力する事が無精子の私にできるせめてもの償いでありました。



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