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57歳アメリカ留学・就職・永住権取得日記(2)

 以下は、私がコミュニティカレッジ入学中の2018年、カーネギーホールのコンサートに行った時の出来事。これもやはり、ある業界新聞に投稿したものである。ジャズ好きの方にも是非。

コミカレ留学こぼれ話
「寛容と適当 ― グッドナイト&グッドラック」

 2018年7月27日、ダイアン・リーヴスがカーネギーホールに登場するというので見に行った。というのも、彼女を2005年の米映画『グッドナイト&グッドラック』(ジョージ・クルーニー監督)で知って以来、いつかは生で見たいと思っていたからである。
 ダイアン・リーヴス。豊かな声量と柔らかくハスキーな声質が心に沁みる、最高のジャズ歌手である。映画自体も傑作だ。「赤狩り」が猛威を振るっていた1950年代のアメリカを舞台にした白黒映画。真実の報道のため、権力と戦うニュース番組「See it Now」の制作者たちを描いた実話であるが、今の安倍政権とそっくり重なる弾圧の構造に身震いがする。アメリカではこの番組が契機となって、悪の元凶、マッカーシーは失脚した。御用新聞にお勤めの日本記者クラブの方々とは、異次元の話である。煙草片手に、毎回エンディングで言うエドワード・R・マロー(番組キャスター)の決め台詞が、「それでは皆さん、グッドナイト&グッドラック」なのだが、つい画面に向かって、
「いよッ! 音羽屋!」
と、大向うを切ってしまいたいほど、苦み走った演技が印象的であった。
 話を戻すと、カーネギーホールである。
 その日は、ナントカと言うジャズ楽団の公演であり、彼女はゲスト出演に過ぎないことはわかっていたが、何しろ大御所のダイアン・リーヴスだから、広告でもウェブでも大きく取り上げていた。
 しかし、当日券を買いに切符売り場の窓口(5か所位ある)に並んだ私は万全を期し、会場の整理係に確認しようと思った。カーネギーと言っても劇場は大小いくつかあり、実は違う公演の切符を買ってしまったという失態を、私がしでかさないとも限らない。そこで、客の列を整理している男に、こう聞いたのである。

 私  「この公演に、ダイアン・リーヴス出ますよね?」
 整理係「いや、出ません」
 私  「え? 今日は27日でしょ。ネットでは今日、ダイアン・リーヴス だって書いてましたけど?」
 整理係「それは、3日前に終わりました」
 私  「本当ですか! そんなはずは…」
 整理係「?… (離れた所に貼ってある公演ポスターを、歩いて確認しに行って、また戻り)…… 私が間違ってました。今日でした」
 私  「ああ! 安心しました」
 すると、いきなり隣の列に並んでいた男が一言。
 男  「よかったよ! 俺も今日はダイアン・リーヴスを見に来たんだ」
 私  (ちッ! だったらお前も早く、何とか整理係に言っとけ!)

 その後、その間抜けな整理係に導かれ、窓口で「学割ありますか」と聞いたが、付属のマイクが壊れていた。アメリカの券売窓口はどこもブ暑いガラスで仕切られ、マイクで会話する仕組みになっている。通音孔もなかったので、お互いが全く聞こえない。仕方ないので私は低く腰を屈め、下の方にある切符とお金のやり取り用の小窓にすっぽりと口を当てて「学割ありますかぁ~」と、金魚のようにパクパク繰り返した。しかしガラスの向こうの窓口嬢は若く見積もっても70代後半と思われ、耳がすっかり遠かった。身振り手振りのすったもんだの末、漸く入場券を買ったのである。学割で20ドル。
 アメリカは、こんな感じで全てがテキトーだ。例えばニューヨークの地下鉄は「走るテキトー」の代表で、今年1月の平日に、合計7万6287回も遅延があった。この数字も都市交通局(MTA)の発表だから、テキトーな集計だろう。現在、地下鉄は老朽化が進み、大規模修理が必要だが、MTAはその修理に50年かかるとの見解を出している。50年って、原発の廃炉かッちゅーの。
 トランプが政権を取って以降、締め付けは厳しくなったが、それでもアメリカは様々な面で寛容には違いない。例えば定年がないため、前述の窓口嬢のように70代でも十分働けるのは素晴らしい。しかし時として「寛容」と「テキトー」が同義語となるアメリカ。「それでも慣れると、アメリカの方が居心地がよくなる日が来るのよね~」と、NY生活が長い友人は言う。私も全く、「その日」が来るのが待ち遠しいよ。それでは皆さん、グッドナイト&グッドラック。

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