白い鍵盤
真っ直ぐに伸びる国道を北上する。
長い空港の塀はいやに高くて、空がカッターで切り取られているようだ。
頭上に残った空には、雲が左右に筋を作っている。
車のまま、階段を上っていきそうな気がする。
空の階段が、ふっと、鍵盤に見えた。
覚えていないくらい小さな頃から、ピアノ教室に通っていた。
自分でやりたいと言ったそうだが、覚えているのはレッスンに行きたくない感情ばかりだ。
友達と遊ばずに早く帰らなければならない日があるのも、練習しろと言われるのも嫌だった。
中学に上がっても高校に入っても、ピアノはやめさせてもらえなかった。
もはや諦めと惰性で通っていた。
高校生で通うなんて、音大を目指す子くらいである。
じわじわ溜まるどす黒い感情を、言葉で表す方法を、思春期の自分は持たなかった。
音大に、行かせたかったのだろう。
自分は、行きたくなかった。
才能も情熱も、追いつかなかった。
音大を目指す先輩が、指を怪我しないようにと体育を見学するのを見て、もっと自由に生きたいとしか思わなかった。
進路希望の紙を提出するギリギリで、ようやく自分には無理だと、親に告げた。
がっかりしたのは痛いほど伝わり、申し訳ないと思ったが、拍子抜けするほどあっさりと了解された。
親になってわかるのは、子供の将来を案ずる気持ちと、やりたいことを応援したい気持ちとの葛藤である。
自分の知らない世界に子供を送り出すのは、自分がそこに踏み出す何倍も勇気が要る。
自分の知る世界でなら、アドバイスもしてやれると思ったであろうこと、今ならわかる。
今、オトナになって。
いろんな曲を耳にするたび、脳内で自動的に3つに分類される。
聞いて楽しい曲。
歌ってみたい曲。
弾いてみたい曲。
もう絶対に指が動かないと確信しているが、頭の中で鍵盤の前に座ってしまう曲に、時々出会う。
頭の中でだけでも自由に演奏できるのは、あの頃のおかげなのだろう。
☆ヘッダー写真、お借りしました。いつもありがとうございます。
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