手(裏)
爺芋は、書道を教えていた。
彼の無骨な手は、いつも流れるような文字を産む。
世界中の誰の書より、彼の字を当方は愛している。
婆芋は、編物を教えていた。
彼女の小さな手は、さまざまな糸を操り、形に仕上げる。
彼女の作品に囲まれて、半世紀を過ごしている。
当方には、人に指導できることなど何一つない。
職場の新人指導さえ、若い後輩にぶん投げるロクデナシだ。
娘芋が生まれた日。
この手から教えられることは何もないから、背中を見て育って欲しいと思った。
当方のやり方を身につけるのではなく、自分なりのやり方を、探すすべを知る大人芋になって欲しかった。
彼女は今、当方や相方の背中から多くの反面教師を得て、自分の方法を模索しながら都会の空の下を歩いている。
顔も名も知らない先達たちの手仕事で、この世は出来ている。
その恩恵にどっぷり浸かって油断しているうちに、いつの間にか、先達と呼ばれてもおかしくない歳になってしまっている。
手入れを怠るとあっという間に萎びるようになったこの手で、これから何が出来るだろうか。