ある馬鹿が初めて〇〇〇を握った時の話
俺は大学に入るにあたって1年間自宅浪人していた。浪人と言えばいくらか聞こえはいいが、要は結果が出るのかも分からないかすかな望みに自分の1年間を賭けたニートだ。
だが俺はどうにか勝った。
今にして考えれば愚かでしかない話ではあるが、俺は受験に失敗して潔く諦め、すぐさまに仕事を探さなかった。だから自宅浪人の1年間という猶予期間のような時間が与えられたとも言えなくはない。
そして慌ただしく時間が過ぎ入学式当日となった。俺は「スーツ全品19800円」のような量販店に、安さに釣られ入学式用の吊るしのスーツを買いに行ったが、俺には店内にあるほぼ全てのスーツが体に合わず、どうにか合うようなものは全て冠婚葬祭用だった。結果2万円くらいで買えると思っていたスーツは取り寄せでほぼ5万円ちょいした。今にして考えれば、それだけあれば簡単なオーダーのスーツくらいは作れたような気もする。
入学式の日はちょっと緊張した。入学式自体はつつがなく終わり、各クラスの顔合わせの時間が始まる。ある男子は「俺はこれ何をどうすればいいんだ…?」と縮こまっていたら声をかけてきてくれた。だが俺が年上だと知ると、途端に表情が強張っていった。なかなか前途多難なようだった。
そういった一連の行事が終わり、構内へ体に合わないスーツを着て出ていくと、勧誘の嵐だ。聞いたこともないような活動内容のサークルが、大声を張り上げ全力で我々を捕獲せんとしていたのだ。
特に体育会系サークルの勧誘は苛烈なものだった。俺は人よりは多少体格に恵まれているために、20mほど進もうとする間に何枚の勧誘チラシをもらっただろう?だが俺は絶対に運動・あるいは体育会系のところへの入部だけはしないと決めていた。
そしてあるテントで俺は「あいつ」に出会った。ほとんど人がおらず、どうもどこからか持ってきたらしいソファで、ギターを抱えた先輩らしき人が居眠りをしていて、トランペットやサックス、トロンボーンなどの俺でも名前を知っている金管楽器が何本も並べてあった。そして「あいつ」はその隅っこに寝転んでいた。
その弦が四本しかないのに、立てるとほとんど俺と身長が変わらないような、ウッドベース・ダブルベース・コントラバスなどと呼ばれる楽器はそこでいくらかくたびれたような鈍い光沢を放っていた。
なぜか俺はテントの中に入り、許可も取らないままに「あいつ」を抱き起し、「すいません。少しお話を聞かせてもらえますか?」と部員らしき人に尋ねていた。
これが俺が生まれて初めて自分の意志でで握った楽器との出会いの話。
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