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親父が死んだ時の話
確かあれは俺が大学2年生だとかそのくらい前のことだ。あいつは危篤になり、母親が俺にそれを電話で伝えてきた。あんなにも聡明な人が「俺どうすればいい?」と聞いたら、「分からない」と明らかに狼狽した声で答えた。どうも行くしかなさそうだった。
おい、試験まで2週間あるかないかだぞ?
当時携帯電話は全てが今でいうガラケーで、今のようにサクサクと旅行会社を調べることもできなかった。空いているパソコンを探して構内を駆け回り、パソコンで必死に飛行機のチケットの取り方を調べた。その席には資料だか何だかの紙が大量に積まれていたが全て払いのけて座って調べた。後でやってきたその持ち主らしき女は床に落ちたそれらを拾いながらとても不満そうな顔で俺の横にいた。
「お前は家族が死にそうになったことがあるか?」と怒鳴ってやりたかったが、図書館なので我慢した。
その日のうちに飛行機に乗り、1年だか2年ぶりに帰省した。確かに親父は瀕死、というより死ぬまでの時間待ちだった。眼球が腫れて瞼が閉じられないのでテープでどうにか瞼を閉じていた。親父が膵臓だか脾臓だかの手術をするとは聞いていた。ガンだ。だが手術は成功し本人も健康だと聞いていた。
どうして健康なはずだった人間が自発呼吸さえできずに酸素吸入をして、ナースステーションから一番近いICUにいるんだろう?
毎日のように病室が変わった。何でも担当している部署が変わり続け、「昨日は○○科今日は○○科」といった具合であちこちの階の一番ヤバい患者が入る病室を転々としているらしかった。
手術自体は完璧に成功し、経過もよかったらしい。数日間はだが。
親父を今まさに殺そうと首に手をかけているのは術後の感染症だった。
そしてある夜、それこそ昼も夜もなく病室に通うのに疲れ、俺がうちで仮眠している間に親父は死んだ。一滴だけ親父のために歯を食いしばりながら涙を流した。
そして一番つらかったのは、親父が死んだ直後にもう体も心も限界なはずなのに、葬式だ何だと親戚や親父の友達に酌をし食べ物を振舞って回る母親を見ることだった。
だから俺は少し暴言を吐き、場を白けさせ、それでも帰らない親父の同級生に頭突きまでした。
死んだ人間に用があるのは生きている人間だけだ。そして俺は生きてる人間の方がものすごく大事なんだ。
そうしたことを終え、ある意味では気楽な大学に戻った。