病気がみつかるまで③

またまた久々になってしまいました。。
これからもマイペースに更新してきます🙏
病気が見つかるまで編は今回で最後です^ ^



国試に受かり、4月から助産コースへ進学。嬉しさも束の間、大学病院の受診が待ってました。


4月からみっちり授業が入ってる中、出席要件を満たせるように休んでも大丈夫な曜日と、受診の予約ができる曜日を同時に探して、なんとか調整がつき、、、


当日。みんなに行ってらっしゃいと言われて少し心強くなりながら駅へと向かい、母と合流。


電車に乗ってる間はなんとも言えない緊張と無の時間が過ぎてった。


病院到着。初めて大学病院に入って早々、イオンみたいだなって思った😇(田舎者丸出し)
外来だけでこんなデカいんか、エスカレーターもあるし、広すぎるし、会計の列ながっ!ディズニーやんけ、、


迫力にびびりながらも脳外科の受付へ。
ここから疲れと眠気と緊張との戦いだった🤛🏻


15時ぐらいに予約したのに一向に呼ばれず。案内表示版で何人待ちか分かるんだけど、全然進まない。気付いたら2時間過ぎてて、それでも4人ぐらい待ってた。わろた。


産科外来でも2時間待つのが普通だったりすることを就職してから知り、お腹大きくて腰痛あったり、悪阻で気持ち悪い妊婦さんなどが2時間も待つのはつらすぎる、、と学びました。


やっと呼ばれたのが17時。お尻痛い。科のトップの先生でたくさんの患者さんが来るし、遅くまでお疲れ様です、、(と今なら思える)


ドアを開ける瞬間まで心臓バクバク!
手術になりませんように、、薬でいけますように、、卒業できますように、、を100回ぐらい唱えてた。


ついに先生とご対面。the頭良さそうって感じのベテランの雰囲気ばっちり。余計緊張。


紹介状を見て、MRIみて、生理周期とか、自覚症状とか一通り聞かれて一言。


「ちゃんと精査する必要があるから、検査入院できますか。内分泌科も行ってください」(記憶が曖昧なので正確な文言とは多少違います)



まじかーー!また精査ー!授業どーするー!
最悪留年??助産師なれない??



が、最初に怒涛のように頭の中を駆け巡り、自分の体のことよりも助産師になれるかどうかのことばかり気にしてました。アホ!自分の身体優先にしてや!


母は、先生の説明が終わる度に「うーん…」とため息混じりの相槌をうつので、そんな追いつめなくても、、とか思ってしまったけど、心配してくれてたのかと思うとほろり。



そんなこんなで急展開になり、後日、内分泌科を受診しました。おじさん先生でした。


検査入院の話になり、「時限爆弾を抱えてるようなものだから」と半分脅され(?)、「学生で実習もあるから夏休みじゃダメですかね、、」と渋ってみたら「医療者になる人が何言ってんだ」的な感じで怒られました。(当然)


そりゃそうだし、ごもっともなのですか。。欲を言えば、突然入院が決まって、これからどうなる?っていう焦りや不安の気持ちを少しでも受け止めて欲しかったなとも思ったり。


命が大事なのでそうも言ってられないけども。
自分が患者さんと接する上では、ちゃんと気持ちを受け止めた上で必要な説明をしたいな、と思いました。患者になって学ぶことは大きいな。


その後、出席要件をぎりぎり満たせる週を血眼になって探し、約1ヶ月後に検査入院をすることになったのでした。心は汗だく。



1ヶ月後、ついに初入院。ちょっとわくわくしてる能天気な自分もいました。点滴とか、看護師さんの動きとかも色々見れるので病院見学の気分。


入院中の間は、助産コースのみんなが協力してレジュメをとっておいてくれたり、資料の写メをくれたりして、優しさに助けられた。。この場を借りてもう一度、本当にありがとう😢


レントゲン、心電図、血管の硬さをみる検査(血圧計でずっとギューってやられるので感覚麻痺した🤯)、負荷試験を1日ごとに計2回、蓄尿をやりました。全部で4日間だった気が。


負荷試験は、3者負荷試験と、GHRP-2負荷試験の2種類やりました。薬の入れ初めのときに熱感、動悸、尿もれ感が少しあったぐらいで、5分後までにはおさまり、そのあとは何ともなく終わりました。副作用は個人差あります!



検査の結果。

プロラクチノーマで矛盾しない
と、言われました。




\プロラクチノーマ確定/




全然めでたくないし祝いたくないけど、スラッシュつけてみました。🙂

ついに確定診断がついたよ、、


今後の方針としては、内服が第一選択。場合によっては手術の可能性もあるが、脳外科との相談による。

とも言われました。

生理不順に気付いてから約2年。
ようやくここにたどり着いたというか、でも遅かったというか。

あのときもう少し早く病院行ってれば、とモヤモヤ感もやっぱりちらついたりしました。


ひとまず、薬でいけるっぽいことに安心。
手術はやだなぁ、、避けたいと祈りつつ。


無事退院し、次の日いきなり授業だったので、先生に結果をお知らせ。

今後の方針によってはもしかしたら夏休みオペの可能性もあります、、と伝えて、たまったレジュメを整理することから始めたのでした。_(:3」z)_



これにて、病気がみつかるまでの話はひとまず終わりです。ドラマチックな話でもなく、ダラダラと長いくせにあっさり書いてしまってますが、読んでくださった方ありがとうございます🙏


自分のことなのに記憶が抜けまくってて情けないし、全然参考にならない気がしますが、、
記録(日記)も兼ねてるので、当時思ったことも長々書いてしまってます。ごめんなさい。🙇🏻‍♀️

それでも、誰かの何かのお役に立てれば幸いです🙏



次からは、治療開始から現在の状況まで、少しずつ書いてきます📝

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