記事コメ:保険適用外の再生医療で敗血症に
今日は下記の記事を見掛けたので免疫学的な授業も含めながらコメントしておきたい。
記事で紹介されているのはNK細胞を用いた細胞治療の自由診療に関する問題である。記事によると患者が受けたのは、血液から癌細胞を攻撃する免疫細胞であるNK細胞を採取し、増殖させて体内に戻すとされるものだが、自由診療であり保険適用外だ。それを受けた患者2人がその日の内に体調不良で緊急搬送され、敗血症で集中治療が必要になったとの事だ。
まず細胞治療についてお浚いしておこう。(主に自分の)細胞を加工して薬の様に投与する「細胞製剤」を使う治療法=細胞治療を業界的には「再生医療」という。別に組織再生を目的としたものでなくても再生医療というので注意されたい。今の法律では、細胞治療については医薬品や医療機器とは異なる「再生医療等製品」という特殊な枠組みが規定されている。その安全性に係る法律も整備されてきているところだ。今回の自由診療というのは、再生医療等製品としては承認されていない細胞製剤を、自由診療として自己負担で投与しているという事だ。
その内容についても簡単に説明しておこう。まずNK細胞というのは、リンパ球の一種で、がん細胞やウイルス感染細胞などの異常細胞を攻撃する免疫細胞である。役割としてはキラーT細胞と類似しているが、T細胞はTCRという抗原認識の仕組みが必要なのに対して、NK細胞はTCRの刺激が必要ないため、HLA-Iの発現が低い癌細胞などに対しても自由に攻撃をする事ができる。リンパ球であるが、獲得免疫応答の機序を使わない、どちらかと言えば自然免疫反応を担う細胞であり、この様なリンパ球は「自然リンパ球」と総称される事もある。
このNK細胞を増殖・活性化させて体内へ戻す事で、癌細胞を攻撃してもらうというのが、記事にある細胞治療である。再生医療等製品としての認可を目指して治験が行われた類似製品もあったかと思うが、今のところ承認されたものは無い筈だ。今回のNK細胞治療も未承認の自由診療である。
さて、本題に戻って記事についてコメントしたい。私が記事の論調に意義を唱えたい部分の一つは「自由診療だから安全性が低い」という書き方と、「未承認のNK細胞製剤で敗血症になった」という印象を与える書き方である。
大前提としてなぜ今回の敗血症が起こっているのかを考えておく必要がある。敗血症について簡単に書くと、本来は感染に対する宿主の過剰な免疫応答によって引き起こされる全身性の炎症性疾患である。この機序としては過去の記事でも説明した自然免疫応答やTLRなどのパターン認識受容体が関わっており、感染微生物由来の物質が一度に、大量に体内に侵入し、TLRの強い活性化が起こり、自然免疫細胞から大量のサイトカインが産生されるなどして、敗血症ショックが引き起こされるのだ。つまり、今回のNK細胞治療で敗血症が起こった原因はほぼ間違いなく「培養過程における細菌・細菌由来成分のコンタミネーション」である。
本来、再生医療等製品=細胞製剤については、細胞を増殖させたりする培養工程における細菌の混入について非常に厳しく管理・確認する必要がある。そして、これは未承認の自由診療でも同様であり、承認されていない細胞製剤についても「再生医療等安全性確保法」という法律で承認品と同等の安全性管理を要求している(承認された再生医療等製品の場合は薬機法)。つまり、未承認だから安全性に問題があるという話ではなく、この医療機関で実施された細胞治療に関する安全性管理が根本的におかしいのだ。勿論、未承認であるがゆえにその様な低品質製造の確率が上がっているという事は言えるのだろうが、本来は承認の有無にかかわらず細胞治療に要求される安全性は同じレベルであるという事は知っておいてもらいたい。また、この内容を把握していれば、「NK細胞」が問題なのではなく、それを製造・管理する施設・人員・品管体制の問題だという事も分かるだろう。
免疫学の基本知識のおさらい、がんと免疫の関係、細胞治療の規制や問題も含めて、色んな知識を学び直す題材として紹介させてもらった。分からない事は過去の記事も参照してもらいたい。
(参考)