3嘘つき自伝 グレアムチャップマン

 重苦しい布団を蹴とばし、床に足をついて立ち上がった。なにか支えになるようなものに掴まったりもたれたりしながらゆっくりと着替えて、よろめきながら部屋の中を歩いた。カーテンをしっかりと閉める。これでレーザービームも消え去った。僕以外なにも動くものがないこの部屋の中…気分もだいぶマシだ。パイプを拾い上げ、火を灯す。この至って単純で機械的な動作が僕に自信を持たせてくれる。自分で自分を制御できてる。コントロールできてる。いつもだったら朝起きてから30分間は、ボトル1本分のジンを飲み干さないと、えずくほどの酷い吐き気とそれに伴う咳、冷や汗、そして制御不能な手の震えに襲われる。でも今はもう11時半。起きてから30分経ってる。これまで日課だったトイレに向かってしゃがみ込む儀式や洗面台に捧げるお祈りの時間は、とっくに寝過ごしてしまったのかもしれない。
 寝室を出ようとしたとき、ドアが僕に向かって飛びかかってきた。ちょっとした幻覚だ。慎重に階段を下りる。階段はあらゆる手をつかって僕の集中を途切れさせようとする。全部下り終わる前に止められたり、全部下りてからも下り続けさせられたり。手すりは毎回違う場所にあるし、柱は僕に襲い掛かってくる。僕が陰に頭を打ち付けるのを待ち望んでいるらしい。隙を見て柱の影に移り、素早くそいつらに一撃を食らわせる。さて、階段は諦めてベッドに戻ろう。


 44時間にも渡って、病熱を帯びた妄想と幻聴、そしてリアルすぎる幻覚がこの眠れないベッドに付いて回った。清々しいほどの疲労感が勝ち、ほんの数時間だけど眠ることが出来た。今回は寝たという確信がある。よく頑張った。一番の難関は超えたはずだ。まだ階段は僕に敵意を向けてるとしても。お茶を一杯飲み、ビタミン剤とポーチドエッグ付きのトーストを食べた。自由だ。ダイニングルームに行き、きわめて落ち着いた足取りでクリスマス用の酒が置かれた棚を3つとも通り過ぎ、自信たっぷりな態度でバーナードと秘書のジェーンに酒を配るように頼んだ。彼らが立つ場所からは、トニックウォーターを飲む僕の姿が見えるだろう。
 みんな家に集まってきた。僕は少しの手の震えを詫びつつも客に酒を注いだ。みんな僕がこんなにも早く回復したことに喜んでいたし、僕も自分のグラスにスリムライントニックを注ぎつつ、これだけ大変なやり方でアルコールを断ち切ったことへの誇りや自信をみんなに語った。自分のグラスを持つときに、机の上のクリスマスカードを一つ倒してしまった。一度グラスを置いて、そのカードを再び立てようとする。しかし、指の震えがそれを邪魔する。
「気にしなくていいよ、ほら、座って」
バーナードはそう言ってくれたが、僕は気にした。僕にとっては、その倒れたクリスマスカードだけが気がかりだった。なんとしてでもこのクリスマスカードをもう一度机の上に立てなければ。何度も直そうとクリスマスカードを持つたびに、震えはどんどん酷くなっていった。
「だ、だだ、だいじょう、ぶ」
震えはもはや痙攣のように大きくなり、ついに僕は床へと倒れた。いくつかのグラス、ボトルそしてバーナードを巻き込みながら。


青い光の中で目が覚めた。外に救急車が来ているらしい。でもなぜ?別に平気だし、グラスも割れたけどそこまでの怪我はしていない。しかしその場にいた全員が「病院に行った方がいい」と僕を強く説得し、ジェーンは悪魔憑きでも目撃したかのように動揺していた。結局僕はこの世界中の蒸留所との激闘に破れ、病院に運ばれた。まあ要するに、1日にジンを2本空にする習慣は、僕の身体には少し刺激が強かったようだ。後になってバーナードから指摘されたことだが、この頃僕が買っていたジンは業務用サイズ(約1200ml)だったため、1日の平均飲酒量が2200mlを超えていたらしい。これは人間の死体を解剖用に保存しておくのに十分な量のアルコールで、同じ量で6人の禁欲主義者を死に至らしめることもできる。

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