6 噓つき自伝 グレアムチャップマン

1968年、ハムステッドにて。(ほんとは1969年、ベルサイズパークにて。でもハムステッドのほうがいい感じだから。1968年だってわざわざ嘘つく理由は特にない。)
20世紀も半ばを過ぎ、誰もがゲイか黒人か薬物中毒になっていた頃、ウォーリック大学の英語の必修クラスで、僕は関係詞節の穴埋め問題に手こずっていた。この時期を表現するために僕は「トレンディ」という言葉を造り上げた。(普通によく使われている「トレンディ」とは全く違う新しい言葉で、意味は「トレンディ」と同じ)この新しい「トレンディ」はトレンディじゃないと思われるかもしれないけれど「ン」に発音の強調が置かれていて(「トレンディじゃない」に代わる新しい言葉も生み出した、意味は同じ)、そのせいでこの言葉を正しく発音できる人物は僕の友人2人とジョンレノンだけになっている。彼らだけは僕がしでかした英語の言語構造における重大な変化に気が付いているのだ。僕が造り出した多くの新語はたびたびパーティ会場などの場で使われていることが確認されている。例えばこのベルサイズパークの大きな部屋で開かれているパーティでも…。
リキッドライトによる色とりどりの照明が、ドアの反対側から突き出しているキリンのお尻に映し出され、誰もがそこらのお洒落グループの耳をつんざく騒音のような話し声に負けじと他の相手に大声で話しかけていた。
「すみません、」
股間部を覆うラメでギラギラのコッドピースに真っ白なコブラを首に巻いてカジュアルに見せようとしている人を押しやり、僕はバーに向かおうとしていた。

蛍光色に塗られたその男の顔はコカ・コーラの缶みたいで、彼の着ている薄緑色に染められた服は嫌でも目に入るほど目立っていた。
「その服いいね」
「ありがと♡」
「バーってあそこ?」
「あらなんて色っぽい男の子、胸毛が神々しい♡」
「そりゃどうも、じゃあ、またね」
「ロイオービソンっていつになったら死ぬのかしら?」
「そうだね」
この時点で僕は完全木製のスーツを着た男に足先を撫でまわされていた。デイヴィッドを見つけようと辺りを見回すと、眼鏡以外は完全革製の服を着た人たちのグループに捕まって話し込まれているのが見えた。デイヴィッドは楽しそうにしていたから、僕も引き続き酒をもらいにバーへと足を進めた。
「やめてくれベリル!!犬とイチャイチャするな!!」
誰かの叫び声が響く。
「でもこの子、ジャーマンシェパードだよ」
「だからなんだよ!!」
突然僕の目にジンのボトルが映った。が、僕とジンボトルの間は鳥の羽を身に着けた大きな黒人女性によって占領されていた。
「こんな場所私にはつまんないわ、もう帰る!」
そう叫び、左のこめかみを極色彩にデザインされた小型ピストルで撃ち抜いた。
「バイバイダーリン!」
「こいつ自殺したぞ!キメすぎだ、クロヴィッサ」
新参者がそう叫ぶ。ジンボトルは彼女の温かな鮮血によって流されていき、一つだけ残った綺麗なグラスには脳みその欠片が注がれていた。僕は医学部生時代を思い出し、その場所を後にした。

僕とデイヴィッドはすぐに外に出た。暑い夏の夜。月光は眩しく、ベルサイズ通りの空っぽの路地にはヤナギランの香りが漂い、犬の糞の匂いとどちらが僕らの鼻腔をを刺激できるかを競っていた。静けさと平穏に包まれた世界。
2人で夜道を歩いていくのは幸せな時間だった。歩道が誰かの庭に植えられたピオニーによって通りづらくなっているのに少しイラついて、通行を邪魔するピオニーを手で押しやった。
「そんな乱暴しないで、可愛いじゃん」
「なにが?」
「ピオニー。ほら…」
デイヴィッドはピオニーを1輪摘み取って言った。
ここでまさかの時の警察登場。

ここからは https://www.youtube.com/watch?v=Mx3-IjHNzTc のスケッチに繋がります。


ここで再び1976年、ニューヨークシティセンターにて。
観客はいまだオスカーワイルドの次のセリフを待っている。僕は異常な発汗に襲われ始めていた。セリフが出てこない。ジョンは居心地悪そうに僕に向かって「はやくしてくれ(Get on with it!)」と口ごもり、僕はこれをジョンの助け舟だと思い込んで、観客に向かって大きな声で叫んだ。
「はやくしてくれ!」
観客のリアクションからして、これが僕のセリフでないことは明らかだった。こんな時にはあるひとつの思考が頭を巡る。「なんなんだよ、そんなに大事なことか?そもそもなんのためにここに集まったんだ?運命がここまで導いてくれたとでも言うのか?」
☆(この1976年のシティセンターでのライブは、この間出たパイソンズの50周年記念本にも載っています。ジョンのインタビューから察するに、観客のほうがパイソンズのネタを既によく知ってて、先走って笑いが起こるような状況だったそうな。だから観客はグレアムがセリフ間違えた…ってわかっちゃったんでしょうね)

次回からはだいぶ中略して第二章をちょびっと紹介します。グレアムの少年期らしいエピソードを抜粋。幼少期のグレにとって威厳ある警察官だった父親とどこか抜けてる母親のキャラがどれだけ強烈だったかがわかります。後の色んなスケッチやキャラクターにも通じてるのかも。
第三章からはいよいよケンブリッジです。医学部。医学用語が大変だ。

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