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追伸モノクロマティック 感想

8月16日、小沢健二が配信ライブをした。タイトルは『追伸モノクロマティック』。5月のモノクロマティックツアー NHKホール公演を素材に作られた映像作品だ。

小沢さんは言う。「ライブの空間が良すぎて、映像に出来ない。」「旅行と旅行の番組が違うように、ライブとライブ映像はとても違う」。
事実、小沢さんのライブ映像が公開されることは非常に珍しく、ツアーが終わったあとにその様子を映像で観ることが出来るなんて夢にも思っていなかった。

ツアーの公演は少なくとも2時間半はあったはずだが、今回の配信は72分。小沢さん曰く“スクラップブック”形式で、配信は進む。

客席から小沢さんの姿を追う熱視線の再現のように、カット割りが行われない手持ちカメラの映像が何分も続いたかと思えば、リリックビデオのようにビジュアルに歌詞のみだったり、モノクロになったり、最終的には会場から配信されたインスタライブの映像まで差し込みながら、目まぐるしく、映像コラージュアートの世界が展開されていく。
曲が途中から始まったり、途中で終わったりする。それはDJ MIXのような違和感のない“繋ぎ”とは程遠いぶつ切りにも関わらず、なぜか生理的に気持ちが良い。

音声は高音質で聴きやすいライン録音と、会場の反響音や歓声を拾いまくる臨場感バリバリの録音を1曲の中で何度も行き来する。会場の音全体を拾うマイクへの移行はライブCD『我ら、時』でも部分的に使われていた手法だと思うけど、今回はもっと過激。

なるほど“スクラップブック”とは言い得て妙。これはライブの記録映像ではなく、飽くまで、ライブ映像を素材としたアートだ。 

小沢さんはライブ映像作品をリリースしない理由について「ライブの空間の良さを、映像で伝えることが出来ない」と語ったけれど、実はさらに別種の理由……つまり、〈映像による記憶の毀損〉があるのではないかと推測する。

5年くらい前だけれど、とあるアーティストの武道館ライブに参加した。その公演はとても良くて、涙も流したと思う。特に終盤、ライブでしか聞けない大胆なアレンジが施された曲が最高で、狂ったように踊りながら「この演奏が永遠に続けばいいのに」と思ったことを覚えている。
そして、そのライブのブルーレイが数か月経ってリリースされた。僕はそれを購入して、リビングにて鑑賞。「早く終盤のあの曲をもう一度」なんて思いながら。
そして件の曲がついにTVから流れた時、僕はなんだか、醒めていた。そのライブ限定アレンジはTVから、記憶の通りに流れている。しかし、僕の身体にあの時と同じ熱狂や、興奮は起こらない。
段々と「ライブの時は興奮していて最高に感じたけど、冷静に聴くとそこまででもないかな?」とか、思い始めてしまう。
TVから流れるライブ映像に醒めている僕が嘘で、武道館で興奮している僕が本当のはずなのに、こんな悲しいことはない。映像を見終わった僕は、あんなに最高だと思っていたそのライブ限定アレンジが、あまり良いものとは思えなくなっていた。
このエピソードが、ライブ映像作品の危険性を端的に表していると思う。つまり、〈映像による記憶の毀損〉が起こる危険性。

そこに来て今回の『追伸モノクロマティック』だけれど、特殊な編集によるスクラップブック形式によって、この〈映像による記憶の毀損〉を、大変巧みに回避していたと思う。
僕はモノクロマティックツアーの大阪2日目に参加したけれど、『追伸モノクロマティック』と、大阪で感じた熱狂は、脳の中でまったく別のものとして区分けされている。
それは『追伸モノクロマティック』が、新作だったから。これに尽きる。

「旅行と旅行の番組が違うように、ライブとライブ映像はとても違う」。
小沢さんはそのことを最大限意識した上で、非常に上質な“旅行の番組”を創って見せたのではないか。
上質な“旅行の番組”とは何だろう?と考えてみる。
見終わった後、観光地に「行った気分」にさせてしまえばそれはダメ。映像を見ただけで観光地について知った顔をされては、困る。
つまり、観光地に「行ってみたい!」と実際に足を運ばせるのが、上質な旅行の番組ではないか。
そして今回、小沢さんはそれを達成している。配信を見終わってみんなが思うことは、「小沢健二のライブが観たい!」だったはず。

もし小沢さんが今回のスクラップブック形式に手応えがあって、今後も同様の取り組みをしてくれるのならそれは嬉しい。ブルーレイが出て繰り返し見れればそれも良いけれど、アーカイブ期間中に血眼になって何度も見るのもまた良いなと思う、不便だから。

テクノロジーが発展し、便利で仕方がない世の中で。人々は、本当は不便さの中にこそ、胸のときめきや、本当に大切なことがあることを、分かっている。
小沢さんは僕たちに、素敵な不便さをいつも提供してくれる。
なんでも簡単に手に入る世の中で、何かを渇望することは難しくなっている。でも、渇望って大切だ。渇望がたくさんあった方が、僕らの人生はエネルギーに満ちるような気がする。
小沢さんは、素敵な渇望もまた、僕たちにいつも提供してくれるのだ。

最後に、配信で紹介された まどめクレテックさんの『生活保護特区を出よ。』を全巻買ったことを報告して、この感想を終わりにする。まだ途中だけど、超面白い!