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月ノ美兎『310PHz』最速レビュー
月ノ美兎さんの新作ミニアルバム『310PHz』を店着日に購入して5周ほど聴いたのですが、とにかく最高すぎて居ても立ってもいられなくなってしまったので、現時点での感想を殴り書きしてみようと思います。でも、まだの人はサブスクにもあるからとりあえず聴いて!
(以下、月ノ美兎さんのことは敬意を込めて「委員長」と書きます)
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まず前提として、私は委員長の熱心なファンという訳ではありません。決して安くない初回生産限定版をフラゲしている人間が言っても信じてもらえなさそうですが……。ただ、アイマス・オモコロ文化圏の人間なので、Vtuberに疎いなりに、委員長だけは割と近く感じているというか、何年もうっすらと好感を抱いていた、くらいの距離感です。時折、ゲーム実況や動画を見たり、前作アルバムもリリース当時聴いたりしていました。
そういう前提がある上で、サブスクでも聞ける今作に7,000円出しているのは、発売前のプロモーションで公開されたアルバムのクロスフェード動画に「名盤の予感」を感じ取ったからです。
この動画を何気なく開いて初めて視聴した際、1曲目「人ってただの筒じゃないですか」のサビ部分のみで、何故か号泣してしまったのです。かなり涙腺の緩い私ではありますが、30秒前後のサビのみでボロボロと涙がこぼれたことには自分でもさすがに驚き、戸惑いました。
自らの涙の原因を確かめるようにその後も繰り返し動画を再生しましたが、毎回同じ部分で涙が溢れてきて、何度目かに購入することを決意。ここまで心を揺さぶられた以上、サブスクで済まさずに相応の対価を払うことは当然のことと感じ、近所のCD屋で予約をしました。
このクロスフェードは1曲目以外も琴線に触れる曲(の断片)ばかりだったので、「これひょっとして大傑作なんじゃないか」という予感は日毎に高まっていき、指折り数えて発売を待っていました。
そして、昨日ついに初回限定版を購入! 一聴して「予想通り、予想以上」とでも言いましょうか。個人的に、これは軽々しく使える言葉ではないと思っているのですが、その上で「名盤」と思います。
一過性の消費ではなく、これから永い時間に渡って聴かれていくことは間違いないでしょう。
順を追ってアルバムの内容について感想を書いてみます。
晴れてフルバージョンが聴けた1曲目「人ってただの筒じゃないですか」ですが、やはり泣ける!
前作に引き続きコンポーザー陣にボカロPが多い今作。私は小学校低学年ごろに初音ミクが登場し、その後中学生までを最初のボカロ全盛期と共に過ごしたくらいの年齢ですが、当時ボカロにはあまり積極的に接していませんでした。
しかし今作を手掛けた朝日(石風呂)さんは好きでよく聴いていて、最近はネクライトーキーも大好きです。Vtuberに疎いながら好感を抱いていた委員長と、ボカロに疎いながら聴いていた朝日さんがここで交差した訳ですが、フルバージョンはこちらの想像をこえて泣ける&ブチ上がる内容でした。
2曲目以降の楽曲群に比べるとポップスとしてかなり聴きやすい曲でもあるため、オープニングを飾るのは納得というか、これから過ごす楽しい30分の幕開けにふさわしい名曲と思います。
そして、1~2曲目を心地よく楽しめる程度の音量に設定していると、明らかに音量のレベルが大きい3曲目「ルナティックウォーズ」が始まるのですが、これがまた凄まじいです。うるさい! うるさいのが、良い……!
録音芸術は、リスナーが手元で音量を調整できてしまう以上、ライブ体験のような問答無用の爆音で「うるさい、うるさいのが良い……!」と思わせることは難しいと思うのですが、前後の曲との落差でそれを演出可能なのがアルバムというアートフォームが持つ強みだな、と改めて感じたりしました。「ルナティックウォーズ」は、あらゆる意味でカオスとしか表現しようがない怪作なのですが、この「とにかくうるさい」という要素も、カオス感の醸成に一役買っています。
楽曲内では、委員長本人と、委員長の過去配信の音声を切り貼りすることで言葉を獲得した正体不明の怪異との死闘が描かれます。この怪異、要するに“音MAD”や“人力ボーカロイド”といったニコニコ動画的な技術そのものな訳ですが、それがメジャーな音楽作品の場で爆発する様は痛快ですらあります。
また、随所に「音」に関する細かい演出が張り巡らされている点も素晴らしい! 例えば一番のサビ、人力ボーカロイド的な怪異の歌唱と比較して、委員長本人のボーカルは、トラックに対して明らかに後景化していて聞き取りにくいのですが、それが闘いにおいてどちらが「優位」なのかを感覚的に伝えているなど、この種の気配りは枚挙に暇がないです。
楽曲内で展開される物語を敢えて深読みすれば、この怪異は「他人の言葉を切り取って並び替えることで、作為的に別の意味を浮かび上がらせている」存在で、そここそが「悪」なのだ、とも言えます。インターネットで見られるこういう悪意、身に覚えがある方は多いはずです。それに対して委員長は、「生身の声」で勝利を収めるのです。アツい。
思えばVtuberという存在は、「声」だけはずっと剥き出しの生身。インターネットに蔓延る「他人の言葉でしゃべる」やつらに対して、委員長が生身の声で立ち向かう瞬間、打ち震えます。
ただ、こんな深読みをしなくてもシンプルに面白すぎて、曲の終盤にいたっては「こんなに面白いものを世に生み出してくれてありがとう……」と、やはり落涙をしてしまうのです。
「ルナティックウォーズ」が全てを混沌で飲み込んだ後に、ポップスのアルバムであることをリスナーに思い出させる清涼剤的な役割を果たす4曲目「アルクユニバース」。しかし、これも一筋縄ではいかない曲で、通常のJ-POPを聴きなれているほどに「え、サビどこ?」と違和感を覚えるような展開を見せます。
そんな場当たり的にすら聞こえるメロディーの変遷が、思いつきで行き先を決め、どんどん景色が移ろってゆく散歩を描いた歌詞とシンクロしていることに気が付いた時の快感ときたらもう……! お見事としか言いようがないです。
ちなみに、アルバムの有償特典として制作されたゲーム『アルクマルチバース』は、この楽曲がベースに展開されます。私はプレイできていませんが、トレーラーを見る限りでは恐らく、「アルクユニバース」のミュージックビデオの途中で提示される選択肢を選ぶことで、楽曲とビデオがリアルタイムに“分岐”していくという代物だと思います。説明しづらいのでトレーラーを見てください。
作曲のフロクロさん曰く、アルバムに収録の「アルクユニバース」から派生させてゲーム用の分岐を作っていったのではなく、まずゲーム用に全分岐の作詞・作曲をした後に、アルバムに収録する「ルート」を選定(剪定)したそうで、そんな成り立ちの楽曲は未だかつて聞いたことがありません。
アルバムの清涼剤でありながら、異形の楽曲でもある。この、ポップスと異形の両方を手放さないバランス感覚が、そのままアルバム全体の態度とも一致していて、先行配信曲に選ばれたのも頷けます。
そして! 現時点で私が1番好きな曲が、6曲目の「寝言は寝て言え」。これはもう、とにかく聴いてください。サウンド(特にドラム)、ボーカル、歌詞の世界観から何から全てがかっこよく、もうほとんど完璧です。完璧だから、逆に何を言えばいいか分からないです。
「って、言った」でサビが締めくくられるところ、意表を突かれるし、震えます。
まとめます。アルバム全体を通して思うことは、とにかく“鳴り”が良い! CDコンポ、カーステレオ、Bluetoothイヤホンあたりで一通り聴いた上で、今作はスピーカーで大きく鳴らすのが似合う、素晴らしい“鳴り”を持ったアルバムだと感じました。
たった30分なことが信じられないくらいの充実ぶりで、今回言及していないものも含めて全楽曲に聴きどころ満載。一曲ごとにすさまじい魂と工夫が込められているので、聴き終わるとぐったりと疲労感を覚えるくらいです。
収録されている楽曲の全てに感動しているのですが、こちらがふさわしい語彙を持ち合わせておらず、「うおおおおおおおお最高」しか言えることがない曲については、今回個別の感想はオミットしました。
また初回限定版のデザインも超・最高で、今回わざわざこちらを買ったのは、ひとえにデザインに惹かれたからです。記事冒頭の写真で見えるジャケット表面以外にも、歌詞カードを含めて目に楽しい仕掛けが多く、2025年、実物のCDを手に取ってワクワクできるなんて、嬉しくて仕方がありません!
思いつくままに書いたのでまとまらないですが、月ノ美兎『310PHz』、とにかく最高なんです! みんな聴こう!!!
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余談。
同日発売のKREVA『Project K』と一緒に購入したのですが、フルアルバムであるKREVAの新作と、ミニアルバムである『310PHz』はほぼ同じ30分……どころか、『310PHz』の方が1分程長く、最近アルバムというものの定義はどんどんあいまいになるなぁ、と興味深かったです。