過去のnoteまとめ(2019-2024)

noteやInstagramの大変に好ましい点として、一度投稿したものを削除せず、人目に触れない状態に取り下げることができる仕様の存在が挙げられる。
Instagramならアーカイブ、noteなら下書きだ。

僕はこの5年くらい、時折noteに文章を書いた。現在公開されている記事はそれほど多くないが、非公開の記事も削除はせずに下書きの状態にしている。
その中からあまり長くない文章を拾い上げて、ひとつにまとめて公開してみようと思う。

最低限の誤字脱字の訂正と、必要な場合に限って現在からの注釈をつけ足す。短い文章の連なりでも、5年分なので1万字をこえた。
誰かの暇つぶしになればいい。

2019年10月21日
徹夜で課題を終わらせてコンビニに向かう。散歩しながら音楽を聴くのは最高。車に乗りながら聴く次に好きだ。
最近のお気に入りはKanye Westの『ye』。

7曲で20分程度と、もろにサブスク時代的なサイズでありながら、1曲目は完全に大衆を突き放しているのが面白い。そして、通して聴くとまるで大作を聴いたような感動がある。やっぱりKanyeは凄い。

お世辞にも綺麗とは言えない2階建てのアパートを出て、早朝の群馬を歩く。バス停、潰れたタバコ屋、郵便局。10分ほど歩けばコンビニに着く。
腹が減ったので適当におにぎりを選ぶ。あとは温かいお茶と、最近よく食べるガルボチョコ。

コンビニを出ると少し日が出ていた。アルバムは佳境、「No Mistakes」。これがなんだか、ドンピシャだった。早朝の群馬と、この曲が。
俺はこの曲がより好きになって、少し笑った。Kanye Westと群馬の街との間に、距離がありすぎるにも関わらず、ドンピシャなことが面白かった。

Kanyeは、群馬のコンビニで、早朝におにぎりとお茶を買ってる大学生に自分のアルバムが聴かれている様を、そいつがめちゃくちゃ感動している様を、きっと全く想像していないだろう。
でも、届いてる。
Kanyeの中の何かが、距離を越えて、想定を越えて、俺に届いてる。俺は勝手にそう思って嬉しくなった。

〈2024年から〉
今、カニエについてこういうテンションの文章を書くことは出来ないが、『ye』への愛自体は変わっていない。だからこそ残念に思う。

2020年1月26日
自分の服が可愛くてテンションが上がった時に、ようやくファッションの意味が分かった。
(人前に出る以上最低限は……)(寒ければそれを防ぐため……)
その程度にしか服のことを考えた事がなかった。
「俺はファッションとか興味無いんだよね」「服とか買うならCD買うよ」
そんなセリフを今まで何度口にしただろう。
思えば俺は俺自身で、自分がそういう人間であるべきだと呪いをかけていたのだろう。
俺は服を買うくらいならCDに金をかける、そうあるべきだ、だってそっちのが俺っぽいだろ?
これは呪いだ。脳の一部を石にする呪い。
俺は今までそんな呪いの存在にはずっと気付いていなかったが、鏡を見て、服が可愛くて嬉しいと思ったその瞬間、石の部分を粉々に砕いた。可愛い服や靴を買いに行きたいぜ。今度買い物に付き合ってくれ。

俺は死ぬまでにあとどれ位、呪いにかかるの?
あとどれ位、呪いを解けるの?
今気付けていない呪いはどれ位あるの?

人生はクソ最高、生まれてきてよかったよマジで。

〈2024年から〉
最近初めて指輪をつけて外出をしてみた

2020年2月8日
ここ3ヶ月、星野源のオールナイトニッポンを欠かさず聞いている。
2016年、高校生の時に番組が始まってからしばらくの間は熱心に聞いていたのだが、いつの間にか全く聞かなくなっていた。
多分、ハガキが読まれてステッカーを貰えた時に完全に満足したのかもしれない。

特に理由もなく、数年ぶりにまた聞き始めた源さんのラジオは、やっぱり面白い。リアルタイムはしんどいから、radikoのタイムフリーで。
Twitterで感想を呟くことも、誰かと感想を共有することも、ハガキを送ることも無くなったけれど、これはこれでいい。

前回の放送で、俺が高校生の頃にやっていたコーナーが「番組初期のもの」と紹介されていて、ちょっと切なくなった。まぁでも、そりゃそうか。
「星野源のANN」は、戻ってみたら、数年も離れていた俺を、あれ久しぶりじゃん、くらいの感じで普通に迎えてくれた気がして嬉しかった。

〈2024年〉
4年前の自分が、そのさらに4年前を懐かしんでいる。
「あの頃だってあの頃はって言っていたじゃない」

2020年2月18日
昨日、母親からLINEが来た。
> 明日の昼頃、時間ありますか?
> あるよ、どうしたの?
> 仕事が休みになったのでちょっと会いに行こうと思います
> マジで? いいよ

大学進学を機に、親元を離れ2年。
一人暮らしが始まったばかりの頃、母親は頻繁に車で3時間ほどの距離を走っては、俺の生活を整えるための買い物に付き合ってくれた。
しかしそんなことも段々と減り、親がこっちに来るというのはおよそ半年振り。それにしても急だ。
特に悪い事は何もしていないのだが、あまりにも急に親と会うことが決まったので、「ボロが出ないだろうか」という変な心配が頭をよぎった。

ちゃんとおばあちゃんに手紙返してる?
教習所行けてる?
無駄遣いし過ぎないようにね
単位は大丈夫そう?

この辺りの質問への躱し方を脳内でトレーニングし、準備は万端。いよいよ母親がやって来た。

食事と、買い物をする。
俺には弟がいて、弟は今、大学受験のラストスパートだ。
結果的に弟の受験の話が大半を占めたので、ボロは出さずに済んだ。

あと一か八か、勇気をだして女装した写真を見せた所、母親はビックリはしていたが、別に変な風に騒ぎはしなかった。
「お前に似てる」って言ってたのが面白かった。母さんこれ俺だよ。案外、理解のある良い親の元に産まれたのかもしれない。

〈2024年から〉
今私は実家にいて、弟は就職して実家を出ている

2020年5月27日 (ここからコロナ禍が本格化している)
先日、既刊3巻をまとめ買いした、阿部共実『潮が舞い子が舞い』を一気に読む。
阿部共実さんは、あまり漫画を読まない自分にとって稀有な、単行本を全て買い揃えている作家さんである。
今回の連載はほぼ完全にギャグに徹していて新鮮だ。ギャグに徹しているのは『ブラックギャラクシー6』以来じゃないだろうか。
ゲラゲラ笑ったり、キュンキュンしたりしてかなり楽しんだ。

会話劇なのだが、阿部さんの言語感覚はかなり独特。
実際の会話、映画における会話、演劇における会話、小説における会話、そして漫画における会話……
その全てが微妙に違うリアリティの基準を持っている。
阿部さんのそれは、あまり漫画的では無い。端的に言えば変だ。
“生きている様なキャラクター”を描写したければ、なるべく“実際の会話”に近づける努力をしつつ、漫画としての読みやすさにも気を配り、そして何よりストーリーを成立させなければならない。
そうして生まれるのが“漫画的な会話”だと思うのだが、阿部さんは、漫画としての読みやすさはあまり重要視していない気がする。字が多過ぎるのだ。“実際の会話”からもかなり遠い。
しかし、それが無類に面白い。
そしてどういう訳か、キャラクター達はそこに生きているようにしか思えない。

『潮が舞い子が舞い』に登場する、マルドナクド

漫画にハンバーガーを食べるシーンがあり、触発されてマクドナルドにお昼を買いに行った。久しぶりに食べる。
私の前に並ぶ親子の注文にかなり時間がかかっており、長時間レジの前で待たされた。
よく見ると親子は外国人で、母親は片言の日本語で注文を試みている。子供の方は「あれが食べたいこれが食べたい」と駄々をこねており、母親はそれをいなしつつ、何とか頑張っている。
対する店員も外国人らしい。留学生だろうか。
こちらも片言の日本語で対応している。
みんな大変だ。慣れない日本語 × 慣れない日本語 × 子供の駄々が生み出す遅延。どの要素も仕方が無さすぎるので、全くイライラしない。
「大変お待たせいたしました」と頭を下げられ、「いえいえ」と返した。

帰って、YouTubeでPUNPEEのMVを流しながらダブルチーズバーガーを食べた。美味なり。

〈2024年から〉
『潮が舞い子が舞い』は全10巻で完結を迎えた

2020年5月28日
昨晩、友人の出演している演劇を観た。
そうは言ってもリモート演劇である。自宅で観た。

コロナ禍、現在の日本を舞台に、Zoomを使ってコミュニケーションをとる人々が描かれている。虚実が曖昧だ。
演劇。YouTube LIVEをテレビに繋いで観たZoomでの会話は、果たして演劇だったのだろうか。
しかし観終わってみると、「演劇を観た」という実感は不思議とあった。
友人にそのことを伝えると、偶発性が重要なのかな、と言われた。なるほど。
これについて色々思うところがあるのだが、演劇に関しては門外漢もいい所なので、何も言わない。

2020年5月28日 その2
4時まで起きていた。ずっとスマホで怖い話や動画を見続けていた。
夜中、一人暮らしの部屋で怖い話や動画を見ていると、本当に怖くて仕方が無くなる。助けて欲しいと本気で思う。
怖い、という感情が好きだ。

どうしてだろう。平和ボケして生きていく中で、束の間「死」に近付きたがるようなものなのか……
理由は分からないけれど、とにかく好きだ。

よく勘違いされるけれど、怖いのが好きな人は、決して怖いのが平気なわけではない。
これは、少なくとも僕の場合は全く逆で、本気で怖がっているからこそ、楽しめているのだ。

2020年6月7日
すき家のカウンターで1人牛丼を食べる。
奥のテーブルには男子学生の2人連れ。
黙々と牛丼を食べていると、会計を終えた2人連れが雑談をしながら退店する。そして自分の横を通り過ぎた時に一瞬だけ、会話の断片が耳に入った。

A「燃やされたんじゃない、燃やしたんだよ」
B「誰が?」

以上。これだけが聞こえた。途端に、ある小説が頭に浮かんだ。
ハリイ・ケメルマンの『9マイルは遠すぎる』。
「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない。まして雨の中となるとなおさらだ。」という言葉の断片のみから推論を重ね、思いもよらない事実へと到達する、安楽椅子探偵ものの傑作だ。

牛丼を食べながら、男子学生の言葉が脳内をループする。
燃やされたんじゃない、燃やしたんだよ /  誰が?
気になる。ここから何か、思いもよらない事実に到達出来ないだろうか。
牛丼を食べる箸が止まった。

数分後、「無理だな……」と思って再び牛丼に集中した。うまい。安楽椅子探偵への道は険しい。

2020年6月26日
うつ病ですね、と医者に言われた。そうですか、と返した。
診察室の壁にかかった変な色の時計を眺める。医者は絶えず何か言っている。医者の眉間を見て、頷く動作を繰り返す。
医者は「とにかく人に会わず、スマホも見ず、脳を休ませることに専念して、寝巻きでごろごろしてろ」と俺にアドバイスをくれた。39度の熱があるのと一緒だと思え、とのこと。
人と話したり日光を浴びて発散するのが最適な治療と思っていたので驚いた。
薬を何種類も貰った。
精神薬ってやつだ。おれ精神薬飲むの? 残りは、睡眠導入剤。

様子がおかしくなったのはいつ頃からだろうか。
部屋に篭もりきって生活する中で、段々と部屋が荒れてきた。机の上に、挙句は床に、弁当の残骸やペットボトルが転がる。何週間前に使ったのか覚えていない食器が、シンクで厭な臭いを放つ。埃や細かいゴミが舞い、本の塔が至る所に建設されている。
起きている間ずっと体が重く、眠い。頭も痛いし立ちくらみもする。何も出来ない、なんのやる気も出ない。外出は近くのコンビニのみ。同じような弁当を買い、そのゴミを放置する。気がついた時には取り返しのつかない状況にあった。

ああ、ぼくは今狂っているらしいな、というのは、部屋の様子を見れば一目瞭然だった。元々几帳面な性格で、きれい好きと自認していたがこの有様だ。
誰かに相談をしようにも、親には話したくないし、周りに信頼出来る大人もいない。友人にも、俺がこんな状態になっていることを知られるのが嫌だった。

バイト先を無断で1ヶ月ほど休んだ。
シフトの提出をせず、連絡も入れず、ずるずると時間だけが過ぎた。

不思議なことに、単に無気力かと言うとそうでもない。
部屋の掃除もバイト先への連絡も、提出が遅れている課題も、「やらないと」という気持ちは強い。
やらないと、やらないと、やらないと、やらないと、でも、できない。体が言うことを聞かない。動かない。
今日、徹夜してでも部屋を掃除して、溜まっている課題に一気に取り組んで、そして明日、バイト先に連絡を入れてやるんだ! 明日から違うんだ! そうすれば全部、良い方向に向かい始めるはずなんだ。
とか思ったまま時間だけが過ぎ去り、ほとんど朝みたいな夜中に寝落ちする。歯を磨かず、風呂にも入らずに、床で気絶するみたいに寝る生活がかなり長いこと続いた。
起きてから歯を磨き、シャワーを浴びる。でもめんどくさくなってシャワーを浴びない日もあり、本当に酷い時は数日に1度風呂に入ればいい方になった。
前までの俺からすれば本当にありえない事態だ。風呂好きだから。

死んだ方がずっといいな、と考え続けた。
今後の人生、ずっと泥みたいな日々な気がしてならない。
ならいっそ…… ただ運が良かったのは、うつ病はおれから死ぬ気力も奪った。

そんな訳で心療内科に行き、冒頭に戻る。
最初に心療内科に行ったのも少し前で、今はかなり余裕が出てきた。少なくとも今、死のうとは思わない。
これを読んでいるみんな、めんどくさいってのは狂気の始まりだからね! 気をつけて。
あとみんなもっと俺に優しくしてくれ。おれうつ病になっちゃったよ。助けてくれ。

〈2024年から〉
かわいそう

2021年12月25日
大学で知り合った友達は今、あらかた疎遠だ。
18歳からおよそ2年、サークルで遊ぶことを中心に生活していた日々を思い出すことが時々ある。その度に胸の奥はチクチクと痛む。

サークルでは同級生とばかり遊んでいて、学年の違う人との交流は少なかった。私は基本的に先輩も後輩もあまり好きではなかった。
別に、人間的に嫌いとかそういう話ではない。別の学年が集合した時に発生する独特のノリに、私が同調できなかった。それだけの話だ。

しかし何事にも例外はある。ひとつ上に京都出身の男性がいた。
音楽が好きで、服がおしゃれで、なんとなく言動に品がある。
私が苦手とするノリが発生した時も、特別同調することも反発することも無く、ただ眺めている。そういう方だったと記憶している。

私はこの人に懐いた。
同級生ばかりの集まりに一人、その先輩を執拗に誘い続けた。なんとなく一緒にいて居心地のいい先輩だったのだ。
私は度々「僕らは先輩後輩と言うより友達ですよね」と言った。本来、後輩の私から放つセリフではないだろう。でも先輩は笑って「そうやな」と返してくれた。そう、関西弁なのだ。関東生まれの私には、それが妙にセクシーに聞こえた。

2020年の4月。コロナウイルスが流行り、サークルとしての活動はほとんどゼロになった。
私は丁度それくらいの時期にうつ病になり、最終的に大学を休学することになった。休学と同時に、サークルも辞めた。

先輩は大学を無事に卒業したのだろうか。就職したのだろうか。したのであれば、今勤めているのはどの地域だろうか。京都に帰ったのか、それとも今も関東にいるのか。
どちらにせよ、もう会うことは多分ないだろう。そんな気がする。

地理的な話ではなく、私と先輩の間には、もう埋めようのない距離が空いているのだ。先輩の現状を何も知らないことが、その証拠だ。
特にお別れの言葉を交わすことも無く、私たちはいつの間にかお別れをしていた。

関西弁の彼のことを、今日突然思い出した。先輩が大好きだったことも思い出した。
先輩、私はあなたと、ずっとアジカンの話とかをしていたかったです。本気で、大切な友達だと思っていました。今どこで何をしてらっしゃいますか?
僕は今茨城に帰って、病気の療養をしています。でも心配しないでください。もう元気ですよ。
僕、サークル辞めちゃいました。でも先輩のことも、同級生のことも、今でも大切な友達だと思ってます。
文化祭の前日、先輩が1人だけ僕らの学年に交ざって料理の準備をしたこと、覚えてますか?
「俺は実質、2年(私たちの学年)やから」と言っていたのが、本当に嬉しかったです。

僕はコロナウイルスが憎いです。もしコロナが流行らなければ、僕はうつ病にもならず、休学もしなくて済んだのでしょうか? サークルも辞めずにいられたでしょうか?
何より、先輩とずっと友達でいられたでしょうか?
この2年、先輩のことを考えた日なんてほとんど無かったのに、思い出したら悲しくて仕方がなくなってきてしまいました。自分勝手な後輩をお許しください。
では、もしまた会う機会があれば、その時は音楽の話でもしましょう。

疎遠になった友達から、届かぬラブレターでした。

〈2024年から〉
僕はこの先輩と今年の6月にお会いして、今どこでどんな仕事をしているのか知っている。彼らしい素敵な仕事だと思う。
時間が流れるということの、ポジティブな側面を思う。

2022年12月12日
3つ数えて、世界の大半を敵に回す発言をする。でももっと問題なのはこの発言が、友人の大半を敵に回すことだ。

3,2,1
iPhoneユーザーってなんとなく信用できない

iPhone、MacBook、AirPods……みたいな人は、もう絶望的な壁がある相手として見るので何も思わない。
ただ、〈iPhoneだけどWindows〉とかだったりすると、体が警戒の体制に入る。これには別に、明確な論理は無い。

小学4年生くらいの時。
ほぼ同時期にウォークマンを買ってもらい、家にVAIOのパソコンがやって来た。革命だった。
これで私は決定的にSONYユーザーになったと思う。とにかく毎日パソコンばっかりやっていた。
それから数年して、2つ下の弟もポータブル・ミュージック・プレイヤーを欲しがり、iPodを買ってもらっていた。
パソコンに全く興味が無い弟は、CDを取り込むのも、それをiPodに転送するのも全て私に任せていた。
今思えば、そのためにWindowsにインストールしたiTunesのスレレスフルな仕様が、現在の私のApple製品への不信感の発端だ。
iTunesのライブラリからアルバムを削除すると、同期しているiPodからもそのアルバムが消えるという仕様は、本当に意味不明だった。「死ねよ」と思っていた。
十数年経ち、弟はiPhone、MacBook、AirPods……みたいな人間になっている。

***
想像の話をする。
実在の人物や出来事は一切登場しない。
***

大学1年の時、必修の講義で偶然席が隣だった男の子と「波長が合うな」と思い、頻繁に遊ぶようになった。
私たちはほとんど毎晩、どちらかの部屋でテレビを見たり酒を飲んだりして過ごした。親や門限のことを気にしなくていいことがうれしかった。初めての一人暮らしが楽しかった。
その、「大学生であること」それ自体にテンションが上がっている様は、今思い返すと我ながら可愛らしい。
やがて学年が上がると、「大学生であること」にはもちろん平熱になっていくし、お互いあの時みたいに暇じゃなくなる。
必然的に、疎遠になる。
4年生くらいになると、家を行き来することはもちろん、会話すらほとんど無くなっていた。

お互いに大学を卒業して、半年くらいした時。
「近況報告も兼ねて、食事でも」という話が、どちらからともなく立ち上がった。人間関係には、そういうタイミングがある。
喫茶店で真向かいに座る彼は、毎晩酒を飲んでいた頃よりもかっこよくなっていて、洋服のセンスなんかもいい感じだ。
話をしてみると、仕事もどうやら楽しいらしい。「大変だけど、やりがいを感じる」と言っている。
それに比べて私はどうだろう……。毎晩帰宅して、一人きりで本を読んだりする時間だけが楽しみで、好きでも無い仕事をこなしているような日々だ。
それに今着ている服……。この服で、彼と同じテーブルに座っていることが途端に恥ずかしくなってきて、私は俯いてしまう。

ピコン

通知音がなって、「ごめん、ちょっとスマホ見てもいい?」と彼が聞いてくる。友人といる時にスマホを見ることに断りを入れてくるあたり、彼のことはやっぱり好ましい。
でも、彼がポケットから取りだしたスマホは、iPhoneだった。
あぁ、この1年か2年か、分からないけれど、iPhoneに変えたんだ……。
私と頻繁に遊んでいる頃の彼は、Androidを使っていた。

その瞬間、私と彼は今、決定的に違う場所にいるのだと悟る。
もう多分、彼と食事をすることは無い。
理由は分からないけれど、彼がiPhoneに変えていたのは、そのくらい私にとってショッキングだった。
適当に近況報告を済ませた私は、彼と別れて電車に乗った。電車でAndroidの携帯を眺めて、彼に、「今日は楽しかった、また遊ぼうね」とLINEを送った。

〈2024年から〉
当時の俺がどうしてiPhoneにここまで複雑な感情を抱いていたのかよく分からなくて、そのよく分からないことが面白い

2023年2月1日
これ元気がある人には全然意味分かんないと思うんだけど、1日予定がない日、本当に何もしないし、かといってそれで体が休まる訳でもないので、強制的にバイトとかで体を動かしてメイクマネーした方がまだマシ……みたいな理由でバイトをしている時がある

2023年2月2日
金曜日に星野源のライブに行った。星野源のライブに行くのは7年ぶりだ。
しかし、体が『星野源』になってない状態で当日を迎えて、横浜アリーナに到着してしまった……という感じではあった。それは否めない。

体が『星野源』になるっていうのは……なんて言えばいいのかな。
長いことファンをやってると、星野源へのハマり方にも時期によって差異がある。それがもうハマるどころか、のめり込む、いや、めり込んでいる、くらいになると、それは体が『星野源』になっている状態。
あの日はそれじゃなかった。
体が『小沢健二』なのに星野源のライブの日を迎えてしまった。

7年前、人生で初めてのライブが星野源のさいたまスーパーアリーナ公演だったのだが、俺にとってそれは本当に特別な思い出だ。
生きてるとこんなに良いことがあんのか、と思った記憶がある。

しかし、その後のライブはチケットが全く取れず、3年前にようやくチケットを手にしたイベントはコロナで中止。
そしてようやく! 7年振りの! の、そのエモさ。そのエモさに呼応してくるようなイベントではなかった。
当然とっても楽しかったけれど、感情のピークは横浜アリーナに到着した時に迎えてしまった感じがした。

体が『小沢健二』だった理由は、ライブの前日に結構すごいことがあったからだ。
小沢さんは名曲『ラブリー』を、短くして、音を綺麗にした『ラブリー Remaster Short Edit』を昨年末に突如としてリリースした。
そのリリースに伴う企画の一環で、『ラブリーRSE』を含めたプレイリストを募って、7名に限定生産の7インチレコードをプレゼントするというキャンペーンが行われた。
これに俺が応募したプレイリストが、なんと選ばれたのだ。

LIFE IS COMIN' BACK MIXTAPE

これは本当に嬉しかった。入れる曲もかなり吟味を重ねたし、曲順も最後まで微調整をして頑張ったのだ。400以上の応募があったらしい。
で、7人。すごくない? 褒めてくれ。

正直、「コロナ禍」をテーマに、2020年以降にリリースされた邦楽のみという縛りを設定して、さらに1曲目をMoment joonの『DISTANCE』にした時点で勝算はあった。しかし、勝ちに行ってちゃんと勝てることは稀だ。

KREVAの『Fall in love again』を入れるかどうか最後まで迷ったけれど、結局入れなかった。
飽くまで『ラブリーRSE』の企画で、『ラブリーRSE』が頂点になるように設定したかったから、『Fall in love again』が俺の中でエモくなりすぎてしまうきらいがあった。
さらに言えば「あれはあれで楽しかったね /  なんて笑ってコーヒーあっためる / そんな未来想像しちゃってる」という歌詞がネックだった。

リリース当時の2年前はこの歌詞に励まされたけれど、今聞くと、さすがにコロナ禍を「あれはあれで楽しかったね」で片付けることは絶対に出来ないという確信があった。人が死にすぎているし、長すぎるし、まだ終わってねぇし。

そして届いたレコードがこれ。

マジで可愛くない? プレイヤー持ってないけど、これを機に買おうかな。

〈2024年から〉
買ってない笑

2023年2月18日
「『めんどくさい』という言葉が全てを腐らせていく」と、本で読んだことがある。
《精神的な落ち込み》は、言い換えると、《「めんどくさい」と感じるハードルが下がる》になると思う。
元気な時は当たり前に出来ていたことが面倒くさくなっていくと、確かに全てが腐っていく。自分がぶにょぶにょとした、気持ちの悪いスライムみたいになっていくイメージ。
事態が深刻になると、着替えや風呂、食事など、最低限のレベルから面倒くさくなっていく。
今こうしてnoteを書くのだって、本当は面倒くさい。

しかし最近思うのは、楽しさというのはめんどくささの先にあるという、当たり前の事実について、だ。

便利・便利・便利の社会。便利は全てに打ち勝って、社会に浸透していく。
スマートフォンは依存性が強く、人の生活や健康を脅かすが、とにかく便利だ。
日本では、自動車事故で年間数千人が死ぬ。死にまくるが、自動車はとにかく便利だ。
人は、便利さを捨てることが出来ない。

便利・便利・便利の社会で、僕たちが出来るささやかな反抗について。
それは「めんどくささ」を生活に設置していくことだと思う。自分から、わざわざ。

瞬間移動が可能になったら、人は旅行というものをしなくなるんじゃないかと思う。「いってきまーす、はい、北海道到着」とか、まったく、面白くないからだ。
便利・便利・便利の社会で、輝くめんどくささというのは、旅行の移動の車窓だったり、わざわざスマートフォンの電源を切って集中するでっかいスクリーンだったり……
とにかく面倒くさいのだ、楽しいことというのは。

今日は友人に会うために電車に2時間揺られる。楽しみで仕方がない。友人と会って、色々な話をしたい。
しかし面倒くさい。友人に会うのが楽しみなのと、友人に会うのが面倒くさいのは、両立可能な感情だ。

てめぇ様はどっちを取るよ? 俺様はこっち。

〈2024年から〉
その後、「不便益」という言葉があることを知る。
不便 - 益、不便であることがもたらしてくれる益。ここは現在の僕にとって非常に大きな考えのテーマで、いずれなんらかの形に考えをまとめたいと思っている。
めんどくさいけど。

2023年7月2日
“うみのて”というバンド に『もはや平和ではない』という曲がある。そこに「笑っていいとも! やってる限り平和だと思ってた」という歌詞がある。

これは「笑っていいとも!」が終わるよりも前の曲なので、(世の中は気が付けば平和でもなんでもないが、それでも平然と「笑っていいとも!」は続いている) と読むのが自然だと思うのだが、番組が実際終わった現在、曲の意味は伝わりにくくなった。
「この曲は予言!」みたいな見当違いの意見も見かけて、「バカか」とか思っていた。
そう、「笑っていいとも!」ってもう終わったんだよな。時々しみじみと信じられないような気持ちになる。

笑っていいとも!には、よくSMAPが出ていた。
SMAPも、解散したんだよな。
笑っていいとも!が最終回を迎え、SMAPが存在しない世の中。
当たり前というのは、急に当たり前じゃなくなって、消えたり、する。

3,2,1

〈2024年から〉
ジャニーズ事務所の問題が大きく取り上げられているタイミングだったのでこんな文章を書いたのだと思う。
結局、事務所自体が消えてなくなってしまった。乾いた笑いが出る。

2024年2月16日 (そして時間旅行は今年に突入する)
趣味は読書で、本屋さんにいるのが好きです

(中学から高校にかけて、日々結構な量の本を読んで過ごしていました。
それは今よりも時間があったから出来たのかも知れませんし、精神的な体力の問題かもしれません。いずれにせよ、今は以前ほど本を読むことは出来ません。
それでも不思議なことに、本屋という空間が好きなことは今も変わらない。頻繁に足を運んでは、読みもしないと半分わかって買い物をします。
本屋は、特に1フロアが広く、視界の先に延々と本棚が続いていくようなタイプだと尚のこと好きです。こういう本屋は東京にはあまり無い。都会でなく、かと言って田舎と言ってしまうには賑わいすぎている街に多く、そもそも、僕はそういう街が好きです。

本屋で本に取り囲まれていると、夥しい数の背表紙には、夥しい数の文字があります。全ての文字にじっくりと目を通すことは不可能ですし、そんなことをしていたら本屋を1軒見て回るのに何日もかかるでしょう。だから適当にスタスタと歩いていると、不思議と目に留まるタイトルというのはあります。
さらに不思議なことに、別の本屋に行ってもやっぱり、同じタイトルが目に留まったりする。ぜんぜん知らなかった作者の、ぜんぜん知らなかった本なのに。
これの意味を考えると、潜在意識で、自分の中に渦巻いているその時々のテーマがあって、それと呼応する文字列が、本棚の中から浮かび上がって見える……というような状態なんだと思います。
そして浮かび上がった文字列を見て始めて、自分の中にそれが渦巻いていたことを知るようなイメージ。
これを繰り返していくと、なんとなく今の自分の中に渦巻く考えの輪郭が見えてきて、本屋を出る頃には、何か少し事態が進展しているような錯覚を覚えます。
多分僕は本屋の、この錯覚の部分が好きなんだと思います。

本棚から自分が反響してくる。あれだけの情報量、文字、文字、文字に取り囲まれながら、何故か脳は整頓されていく。
興味の変遷、目線の可動域や首の角度、睡眠時間、余裕…………エトセトラ…………ぜんぶひっくるめたものたちが、目に留まるタイトルを都度変えて、その時々の自分が本棚から返る。
それは実は、読書とは全く種類の異なる、それ単体で成立している娯楽なんだと思います。
だから、本はあんまり読めなくなったけど、今でも本屋を歩くのは好き。
でもそんなこと言ったって伝わんないから)
趣味は読書で、本屋さんにいるのが好きです。

2024年2月22日
「一人でいることがみじめだ」ではなく、「一人でいると周りからみじめと思われるであろうことが耐えられない」みたいな理由で人と交流している人がいて、それはバレているし、それはみじめだと思う

そして(2024年9月27日)
今回ここで取り上げていない非公開の記事も多いが、しかるべきタイミング・しかるべき場所で公開したいとは思っている。