最近の記事

日記(間隙、断絶、継続)

10/20 たまに、「note読んでます」と声をかけてくれる人がいる。 その度に、むず痒い嬉しさと同時に若干の後ろめたさがある。 noteを書くときはいつもロクに推敲も出来ていないし、自分で出来栄えに満足出来たことは殆どない。 「50点くらいのクオリティで出してるものを読ませて申し訳ない」と話したら、 「30点でいいから今の倍出せ」と言われた。 瞬間、少し酔いの覚めた感じがした。 俺は、この些細なやり取りの中に創作における「継続」というものの本質を垣間見たように思

    • 散歩は晩夏の季語にして

      会社を休み始めてひと月が経とうとするが、開放感といった感情は始めの数日のもので、あとはぼんやりとした不安感やら鬱々とした靄に包まれるばかりである。 会社員としての暮らし、安定した給与、月に数万円の貯金、徐々に擦り切れていくスーツの生地、ビルの隅の喫煙所と自席の往復の道、蛍光灯の眩しさ、そういった類のものが非日常から日常に降りてこようとするとき、どうしても恐怖というか、濡れたガーゼが顔に張り付くような言いようのない気持ちになる。 酒を飲んでも病院で処方される安定剤やらのせい

      • 掻痒

        足の親指の爪が剥がれている気がする。 つま先に剥がれ落ちた爪の感触がある。 気のせいだと思うが、念の為革靴を脱いで確認する。やっぱり剥がれていない。 1人で金融系の企業の集まるオフィス街に向かっている。 打ち合わせまでまだ少し時間があるので喫茶店でトマトと茄子のスパゲッティを食べる。冷や汗と共に何かが込み上がってくる。トイレで嘔吐した。 毎朝起きて夜まで気の合わない他人に囲まれて消耗した脳みそは油の切れたカラクリのようで、いつも次の瞬間には止まってしまいそうな異音を立てて

        • 落馬

          くすんだ緑色のインクで刷られた5000円札をポケットの底から見つけた。広げてみると、ニーチェの横顔が肖像画になっている。いつの間にポケットに紛れ込んでいたのだろうか。 皺を伸ばしながら紙面を観察していると、左下に小さく刷られた発行日が自分の生まれた日と全く同じであることに気付く。 目が覚めた。 会社へ向かう電車でサラリーマンは皆、口裏を合わせたようにカバンを抱きかかえている。 些細なこだわりが少しずつ淘汰されてゆく時間の流れの中で、人の姿は段々と収斂されていくように思

        日記(間隙、断絶、継続)

          歓喜

          小さい頃からよく姿勢の悪さを指摘される。 親しい知人に自分の第一印象を尋ねると、2人に1人くらいは「姿勢の悪い奴だと思った」と返ってくるくらいには悪い。 自覚症状もある。 酒や鎮痛剤を飲んでいる時以外の時間の大半は肩と背中の痛みに悩まされているし、写真映りが悪いので自分が写っているものは大体捨てている。 家族揃って箸の持ち方もままならないような家で育ったので、育ちの悪いせいだと言ったらそこまでなのだが、そのせいで生活の節々に出てくる支障にも、もはや見て見ぬふりをできな

          汝自身を知れ

          先日、岩手の山奥から友達が遊びにきた。マイケル・モンローと同じ髪型で豹柄のジャケットを羽織っていたので、渋谷の人混みでもすぐに見分けがつく。 岩手の山奥の家の周りにには人間よりも熊のご近所さんが増えているとか、Back To The Future 1でマーティンがJohnny B Goodeを弾いてた時のギターは実は設定の年代には存在していないとか、ニーチェの話をしたりした。 ふだんは腕時計で覆われている彼の手首には、Ali Expressで買ったタトゥーマシンの悪戯彫り

          汝自身を知れ

          日記(無題)

          家に帰ったらリビングで妹が泣いていた。訊くと、定期試験の結果が返ってきたようだった。妹は俺とは歳が離れていて、今年で中学2年生だ。昔から勉強が苦手で、地元の公立の学校でも成績は下から数えたほうが圧倒的に早いらしい。 とはいえ、遊び呆けている様子もない。家で見かける妹は勉強していることの方が多いし、夜の10時近くまで塾に通っている日もある。少しでも成績を上げようと、俺に勉強を教わりにくる。父親も母親も中学校レベルになると学校の課題の内容が理解できないので、俺が教えるしかない。

          日記(無題)

          出前一丁のニセモノを食う(中国渡航日記)

          しばらくの間中国に滞在していた。 渡航直前になって突然放射線がなんやらみたいな日中関係の不穏なニュースが日がな流れるようになってしまって、多くの人に心配されながらの旅行になったが、特に何事もなく無事に帰ってきた。 自分にとっては初の中国渡航だったため、多くの新鮮な出来事があった。土産に買った檳榔を噛みながらそれらを書き連ねていく。 ・渡航 2023年現在、14日以内の渡航でもビザが必要なので、有明にあるビザセンターがパンクしている。ビザ取得の予約が一ヶ月先くらいまで埋

          出前一丁のニセモノを食う(中国渡航日記)

          中国タバコ

          あれは大学一年生の頃だったか。冬の日だった。まだ世の中でウイルスが流行ったりする前の話だ。大学の友達と池袋のスケートショップに遊びに行った帰りに、大通りにある喫煙所に寄っていた。東口の、都電の駅に向かう道にあるやつだ。 塀で囲まれた喫煙所の中にこれ見よがしに大きな樹が植えられていて、俺らはその樹のことを"生贄"と呼んでいた。近くの脇道を入ったところにある電灯には友達が投げたスニーカーがずっとぶら下がっていた。いつもの如く、その"生贄"に煙を吹きかけていると、1人の老人が話し

          中国タバコ

          倉庫番日記

          一時的に仕事が無くなってしまったので、しばらくAmazonの倉庫で日雇い労働をしていた。 生まれてこの方肉体労働というものをしたことが無いゆえに新鮮な体験が多かったので、ここに記録として残しておく。 1日目 倉庫までは近くの駅から送迎バスが出ている。バスに乗り込むと、周りの席には外国人しかおらず、各々がそれぞれの母国語で談笑している。倉庫に到着してもすれ違う人はみんな東南アジア系か中東系の人たち。しかし受付のブースに行くと、1つだけ日本人のグループがあった。列に並ぶと金髪

          倉庫番日記

          ノイズキャンセリング

          朝まで飲んだ日の帰り道に、AirPodsを落として失くした。地下鉄やその沿線やらを尋ねて回ったが、終ぞ見つからなかった。結構値の張るものだった記憶があるので、かなり落ち込んだ。 そんなうちに遠くに用事があって、久しぶりに東武線に乗った。 俺は小さい頃から聴覚過敏の気質があるので、電車に乗る時は基本的にイヤホンを着けている。安全装置のようなものだ。 イヤホンを着けないで生活していると、電車のアナウンスや空調の音、周りの小さな会話などの小さな情報が次々と押し寄せてきて少しソ

          ノイズキャンセリング

          夏が来て僕は

          家の近所を散歩している。しばらく引き篭もっていた所為で伸びた髭を撫でながら歩く。 ゲーミングPCみたいに光っている街道沿いのラブホテルの前を抜けると、少し高い土地に歩道橋が架かっている。 階段を登っていると汗が噴き出してくる。手摺りのクリーム色の塗装は少し剥げていた。 階段を登りきると景色がまっすぐと広がる。地上よりも少し静かで、空気が澄んでいる。 橋の真ん中から車道を覗くと、長距離運転をしている大型のトラックが河川の如く流れていく。 うんざりするような暑さの中で、

          夏が来て僕は

          頭の中で踊る男

          駅の掲示板に、ジャズダンス教室のチラシが貼られていた。 俺はジャズダンスというものを言葉としてしか知らない。 何年か前に、友達が連れてきた女が「私、ジャズダンスやってるんだ」と言っていたのを聞いた。あれも確か夏の日の夜だった。 その女の話を聞いて、そのときの俺の頭の中にはこんなイメージが浮かんでいた。 ───森田童子の「ぼくたちの失敗」に出てくるようなアンニュイな大学生の男女が、地下のジャズ喫茶のステージの上で、チャーリー・パーカーのトランペットの音色に合わせて踊って

          頭の中で踊る男

          パンタ・レイ

          1月の終わりくらいか、今年のまだ寒かった頃に、友達に誘われてシャンソンショーを観に行った。「新春シャンソンショー」と早口言葉で馴染みのフレーズがそのまま銘打たれたイベントだ。その冬で一番風の強い日だった。 誘ってくれた友達が主催者の友達で、随分安く入れたのを覚えているが、本来はVIP席ではマダムが弁当を食べながら鑑賞しているような上品なイベントだ。出演者が入れ替わる幕間を別舞台の古風な背広の男が軽快なトークで繋げていて、タイムスリップしたような感じだった。 バーカウンター

          パンタ・レイ

          大塚のホームラン王

          大塚の街にいつもキラキラと輝きを添えていたバッティングセンターの灯りが、6月末でついに息絶えてしまった。 昭和のゴールデン番組のような風合いのレタリングで書かれた「ひょうたん島」の文字。噂によれば、現存する日本最古のバッティングセンターらしい。1965年からこの地で営業していたようだ。道ゆく人もちらほら写真を撮っている。 階段を登ると、ボールがバットにぶつかる音と共に人の賑わう声がガヤガヤと聞こえてくる。みんな最後を偲んで来たのだろうか。 左打ちのレーンに入り、ボテボテ

          大塚のホームラン王

          ご自由にお取りください

          中国語で、散歩したりぶらついたりすることを「逛」と書くらしい。狂い進む。すごい字だ。確かに、さしたる目的もなく好き好んで1日10kmも15kmも散歩しているのは狂っているとしか言いようがないかもしれない。 何でそんなことするのと聞かれても、楽しいからとしか言いようがない。街で面白いものを見つけたときの、良い景色を見たときのアドレナリンが洪水のように湧き出してくるあの感覚をまた味わいたくて、ひたすら歩を進めている。本質的にはギャンブル依存症とあまり変わらない気がしている。

          ご自由にお取りください