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正月の出来事

2020年に突入した。
元旦、特に大仰な抱負もなかった僕は、新年の特番もそこそこに例年通り都内のK神社へと参拝しに行くことにした。
都内でも人気の神社で、夏には近くの街まで神輿を担いで大規模な祭りを行なうほど有名だ。

昼過ぎに地下鉄を乗り継いでいざ神社の前に到着すると、案の定というべきか、既に人が多く並んでおり、列は神社の前の歩道50メートル以上に及んでいた。
もっと列の長いときに参拝したことがあるため「この程度ならすぐに列が進むだろう」と踏んだ僕は列の最後尾に並ぶ。手持ち無沙汰にならないよう文庫本を携帯しておいてよかった。

文庫本を読みながらだと時間の経過が速く感じる。時間は測らなかったが、感覚的にすぐに鳥居をくぐることができた。
参道の両隣には祭日につきものの屋台が並んでいた。声を張り上げ客を呼び込む屋台のおじさんや、射的を親にせがむ子どもたちを脇に見ながら「正月らしい」と暢気に考えていたと思う。

そのときだった。

私の目の前に一人の男がすっと入り込んできた。
参道の列と屋台の間は狭い。はじめは対向者をかわすために一時的に列に入り込んだのかと思った。
「すぐに退くだろう」そう思っていた。
しかし、その男は退く気配がない。60代と思われる男は、ケバブを音を立てて食べながら何食わぬ顔で列に並んでいる。

なんだこいつ。
仮にも神前であるこの場所で、不正を働くなど赦されると思うのか…。
寒いなか(文庫本で時間を潰していたとはいえ)並んで待っていた僕の忍耐はこんな男に愚弄されるのか。
僕の内部で怒りがじわじわと沸いてきた。

「あと10秒待っても退かなかったら一言文句を言ってやろう」

そう考えた僕は、男に何と言ってやろうか考えながら時計で10秒数え始めた。
7秒…6秒…5秒…。

2秒にさしかかり、声をかけるべく息を吸い込んだ、そのときだった。

「あんた、ここ並んでました?」
やや苛立った男性の声が耳に飛び込んできた。
見ると、男の一列前に並んでいた家族の旦那さんと思しき人が男に向き合っていた。
「あ…えっと…」男はやや狼狽している。
「並んでいたかって訊いてるんですけど」もう一度旦那さんが男に問うた。
前の列から声をかけられるとは考えていなかったのだろう、男はやや混乱気味に周囲を窺い、やがて小さく舌打ちをして列から去っていった。

空間をつくってしまっては、また誰かが割り込んでくるかもしれない、そう思った僕はすぐに前に進み、空間を埋める。

だが、内心では「チクショウ、チクショウ」と叫んでいた。
誰から見ても非はあの男にあり、糾弾する勇気を出した旦那さんも、当然褒められてしかるべきだろう。
だが、僕が振り上げかけた拳はどう仕舞うべきなのだろうか。不正に対して怒りを覚え、それを糾弾すべく心の準備を整えていたのに、思わぬところからの援軍によって僕が討ち取るつもりだった大将の首を横取りされたような気分だった。

チクショウ、チクショウ…。
もうあと5秒早く声をあげていれば、こんなにも心苦しくならずに済んだのに…僕は獲物を奪われてしまった。
新年早々、こんな悔しい気分になるとは、僕自身も驚いていた。まだ子どものような変なこだわりはあったらしい。

しかし、ここは神前。こんな心持ちで参拝されても神様は迷惑だろう。
そして幸いなことに、このK神社は「勝負に打ち勝つ」御利益がある神社だ。さっきは出鼻をくじかれたが、今後は何事にも勝つことができるよう、祈りをあげることにした。

賽銭箱は目の前に迫ってきている。
僕は財布から五円玉を三枚取りだし、左手に握った。

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