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「インドに行ったら人生が変わる」は本当か。

[2019.4.19投稿記事]

「自分の中の何かを変えたい。」
そんな思いでインドに行く人が多いんじゃないかなとおもう。実際私もその一人だった。具体的に何を変えたいかなんてわからないけど、何か自分の考えが明確になるかな?!とか。

インドに興味を持ったのは、アメリカ留学中にインドでの女性差別についての記事を読んだ時から。お見合い婚に反対した娘が父親に酸をかけられて顔面が溶けて意識不明の重体になった、といった内容。
この記事を読んだ時、「え?今って21世紀だよね?」と思ったのをよく覚えている。その頃から”女性”というキーワードを軸に色々なことに興味を持ち始めて、レイプや強制中絶等、インドの宗教含めたカルチャーにどんどん引き込まれて行った。

初めてインドに興味を持った2015年からこの3年間、色んな国に行ったり、社会人にもなり、私もたくさんの経験をした。実体験も踏まえて、私は女性としてもっと社会に貢献できることはないかと浅はかながら考え始めるようになった。

「インドを自分の目で見て感じたい」
それは若い今しかできないことかもしれないし、早いうちに気づいたらいいことがたくさんあるかもしれない、と思い、”自慢できるのは行動力だけ”の私っぽく、会社を辞めて、インドに行くことにした。

約一ヶ月滞在したインドは噂通り、カオスの言葉に尽きた。
私も東南アジアはある程度周ったことがあるけれど、貧困の度合いが違う。とにかく日本人の私からいうと、”ない”ものが多すぎる。他のアジア圏の国と比べて、観光地化されていないのが1番の違いだとおもうが、白人すらあまり見かけないくらい、まだまだ他国の旅行者が来たがる場所ではないことがわかった。

空港でさえもトイレが整備されていないところも多く、googlemapすら読めない・扱えないインド人がほとんどで、道を歩いていればcat talkは日常茶飯事で、女性が一人になれば大勢の男性に囲まれ、写真を一緒に撮ってくれだの、彼女になれだの、それを本気で言ってくるから意味がわからない場面に多々遭遇する。生理中の女性は商業施設やお寺に入れないこともあった。(生理は不浄と考えられているため)

2歩あるくごとに、牛、誰かのフン、犬、イノシシ、猫、猿、がいるから、インドでは前を向いて歩くのではなく、下を見て歩かなければならない。

しかし、下を見て歩いていると今度は横から猛スピードで車、バイク、もしくは牛が突っ込んできたり、急に物乞いに腕を引っ張られ金を要求される(もはやカツアゲ)こともあるから、家から一歩出るだけで相当な体力を使うため、インド嫌いモードに入っていた時はステイ先から一歩も出ない日もあった。

そんな国には、日本の人口の約13倍にもなる13億人が住んでいる。(でも出産しても届出を出していない孤児やスラムの人々もいるため、実際にはもっと人口が多いと言われている)

スラムを歩いていた時、一人の男の子が近づいてきて「お姉ちゃんはどこからきたの?」と話しかけてきた。私は「日本だよ。」と答えた。するとその子は、

「お姉ちゃんは日本に生まれてラッキーだね。」と笑顔で言って去って行った。

”日本に生まれてラッキー”
言われてすぐ、周りを見渡してみると、着てる意味があるのかというほどボロボロになったTシャツを着た人がせっせと働いていたり、息ができないほどの空気の悪い家(玄関扉がないため外からも見える)で赤ちゃんとお母さんが昼寝をしていたり。目に入ってくる景色から、その子の言葉をすんなりと理解した自分がいた。 

でも、帰り道にその言葉が私の頭の中をぐるぐるしてた。もしかしたら私は日本に生まれてアンラッキーなこともあるのかもしれない、と思った。
日本では少なくとも飢餓はないだろう。”道の端で寝ていると思っていた人が実は飢餓で死んでいた”なんてことは日本で聞いたことがない。(私がムンバイで実際に経験したこと)もちろん生活が苦しい人は何万人といるが、彼らを支援する団体や政府が少なくとも死なせはしていないと思う。

とりあえずなんとなく毎日生きていける。
そんな生ぬるい国で、毎日を大切に生きることも意識せずに淡々と過ぎていく生活をして、大事なことに気づけていなかった。と思った。言葉にすると軽く聞こえるかもしれないし、途上国に旅に出たことのあるひとの大半は同じようなことを言う。

でも、記事や映画から知っていた時よりも、実際に見て生活してみたことで、その言葉の重さは何億倍も受け止め方が違った。

話が長くなってしまったけど、”インドに行ったら人生が変わる”は私にとっては本当だった。途上国というだけではない。人口の多い中で生き残っていくためには皆が良くも悪くも、欲や意見を丸裸にして”本能的”に生きている国。あんなに活気があふれていて騒がしくて「生きている」ことを常に実感する国(活気があるという意味と生死を直視するという意味)は他にないのではないかなと思う。

帰国してから私は、今生きていることがとっても素敵なことで、そして生きる上で選択を無限に持つことができるのは当たり前なことではなく、恵まれた環境(国)にいるからだということに気づき、この人生を最大限に生かそうと思った。そして1度きりの人生を与えてくれたママとパパに感謝して、自分の大切な人と過ごしてハッピーでわくわくする毎日を過ごそうと決めた。

それは「日本に生まれてたから」ではなく、どこに生まれてもどこで生活をしていても、世界中の人々に共通して考えられることだと思うし、持てる希望だと思う。

女性1人でインドにいくことは必ずしも安全とはいえず、大変なこともたくさんあったけど、機会があればぜひ色んな人にインドに行ってほしいとおもう。あのカオスさはインドでしか味わえないから。

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