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『人に伝える』というケアの形

拝啓 市原・ヤンデル・ヤムリエ・りー・真 さん

この度は先生とお便りをやり取りするという貴重な機会を下さり、本当にありがとうございます。
思ってもみなかったお話を頂き、今まで開くことがなかった新しい扉が音を立てて勢いよく開いたような、とても新鮮な気分です。

多方面でご活躍の先生に向かって、さん付けでお話させて頂くなんて、嬉しいやら恐縮するやら…。
でも、お陰様で肩の力を抜いてやり取りできそうです。

まずはこの沢山のお名前からどうお呼びするか選ばなくてはいけませんね。

初めてお会いした時、市原・ヤンデル・ヤムリエ・りー・真さんは「ヤンデルさん」としてお仕事をされていました。
親しみを込めて「ヤンデルさん」と呼ばせて頂ければ幸いです。


ヤンデルさんと初めて出会ったのは約半年前、Antaa株式会社主催のセミナー、『【09 UML Tokyo 〜 医師人気 SNS の中の人〜】 いまやSNSは 「付加価値」ではなく「前提である」』に参加した時でした。

ヤンデルさんはご講演の冒頭で、唐突に「今の世の中において、医師は寿司屋の寿司である」とおっしゃいました。

ほほぉ~ん?寿司?…なになに?昔はフグ料理屋のフグだった…?

セミナーのタイトルから、SNSのハウツーとか、フォロワーの増やし方とか、医療者がツイッターをする際の注意事項なんてことを聞けるんじゃないか、なんて浅はかな思いを抱いていた私は、ものすごい不意打ちを食らい、沢山の疑問符を頭に浮かべて、開始一分でヤンデルさん話に力強く引き込まれました。

そして間髪を入れずに叩き込まれる、具体的な説明と鋭い描写の数々で、ものの数分でその比喩がいかに現代医療を取り巻く状況を綺麗に言い表せているかを立証されました。

「こんなすごい講演は聞いたことがない。ヤンデルさん、何者なんだろう?」と、とても興味がわき、そのセミナーの後からヤンデルさんの発信をつぶさにフォローするようになりました。

フォローし始めてから知ったのは、ヤンデルさんはヤンデルさん以外の多くの顔を持ち、たくさんのチャンネルを駆使して様々な情報を発信しているということです。

市原真さんとしては、病理専門医として毎日臨床業務に従事しながら、積極的に他の専門の医師とコラボレーションをして、バンバン病理に関わる教科書を書き、よう先輩と運営されている毎週のラジオ番組『いんよう!』でサイエンスコミュニケーションについて興味深い意見を飛ばし合っていました。
ヤンデルさんとしては、ギャグで時にフォロワーをダイナミックにかき回しながら、しれっと嬉野さんや藤村さん、シャープさんやたらればさんといった大御所の方々と対等に渡り合っていました。また、大量の読書量から繰り出されるストーリーを持った図書推薦『ヨンデル選書』が、大型書店の書棚を飾り、病理に関するブログ『脳だけが旅をする』を毎日更新されていました。
ヤムリエとしては一般書の中で、病気の基本的な考え方や病院の選び方を非医療者の方にわかりやすく説明し、以前はりーちゃんの中の人として、全国の病理教室の広報活動を行っていたと知りました。

知れば知るほど、「ヤンデルさん、何者なんだ?」感は増していき、いつしか、「ヤンデルさん、カッケー(△)!」と楽しくヤンデルさんからの発信を待つファンになったのでした。


そんな一ファンとして、このnoteの連載のお話はとてもとても光栄で、二つ返事でお受けしました。

(連載のお話が決まった次の日にはヤンデルさんから初回の原稿が届き、「これがあのアウトプットの源か」と感嘆せざるにはいられませんでした)

そして今、初回のヤンデルさんからのお便りを読んで衝撃を受けています。

半年前のあの悩みが、どうして生まれてしまったのか。

自分の中ではぼんやりと感じていた、根本的な原因や解決策みたいなことが、より具体的に言語化されていたからです。

原因は『人に伝える』ということを避けてきたから、解決策は『人に伝える』ことを始めること、だったのかもしれません。

まずは、自分に正直になって、半年前の悩みがどんなものだったのか、をかいつまんでお伝えしようと思います。


実は、つい半年前まで『自分の仕事内容を他人に伝える』ということを、積極的に避けてきた節があります。

自分が承認欲求に溺れるのが怖いという思いがありました。
あるいは、「あの人は褒められたい人だよね」と思われたくないという気持ちがありました。

また、積極的に人に伝えることをしなくても、医師というのは仕事の具体的な役割が比較的容易にイメージ出来るのでしょう。臨床の現場で働いているうちは、「あなたはこういう仕事をする人」という認識を与えてもらいやすく、その状況に甘んじていたと思います。

臨床医として働いていた五年間、ずっとこのような状況で働いていました。

しかし、自分の興味関心の赴くままに今後のキャリアを考えた結果、今から約二年半前に、アメリカに行って研究職に就くという選択をしました。

振り返ってみると、これをきっかけに状況が大きく変わっていました。

まず、自分の仕事を理解してくれる人の人数が、研究室内の数人程度にまで減りました。

一方で、世界でも有数の規模を有する施設で、非常に優秀な研究者に囲まれながら、自分の持ちうるすべての時間を投入して研究をしているという高揚感から、自分の中で自分の仕事に対する期待がどんどん高まっていきました。

この大きな変化には全く気付かないまま、二年が過ぎます。

そして今から半年前、ある出来事が発端となり、突然冷静に俯瞰せざるを得ない状況に置かれて、ついにその変化が明るみに出ました。
その時、自分の仕事を知ってくれている人の数の少なさを改めて自覚し、多くの人にとって「何をやってるかわからない人」になっていることを辛く思いました。
また、自分の中でどんどん膨らませた期待感とは裏腹に、実際に自分の手掛ける仕事が社会に与える影響の小ささに気付き、驚きを隠せませんでした。

この状況の変化に初めて気づいた時には文字通り絶句し、

「どうして自分はこんなにコストをかけ、リスクを負ってアメリカで研究をしているのだろう」

と自分の選んだ道が信じられなくなっていました。

そして、

「社会のために役立っている実感が欲しい」

と、藁をもつかむ気持ちでもがいていた時に、ヤンデルさんと出会いました。

フォローを続けるうちにヤンデルさんが多方面で活躍されているのを知り、

「何か現状を打開するヒントを得られるかもしれない」

と思ったものです。


あれから半年が経ち、少しずつ悩みは以前の強い悩みではなくなっていて、割と思考に馴染んで来ました。

どうやら、頭の片隅に居所を見つけたようです。

少し気が楽になったのは、学会等を通して、研究室の外にも自分の仕事を知ってくれる人が少しずつ増えてきたこと、そして自分の研究の社会貢献度合いを過大評価することなく正直に見つめ始めたこと、も大きいのかなと思ったりします。


『人に伝える』

ヤンデルさんの初回のお便りを読んで、この『人に伝える』という大事さを今までより一歩進んで理解できました。


自分のやっていることを多くの人に伝えようとすることで、

1. 自分の仕事が他者に理解してもらえている、認識してもらえているという実感がストレスを減らしてくれる

2. 全体を俯瞰したうえでその仕事の役割を考え、そして今後の戦略や自分の求める方向性を見極めることが出来る


『人に伝える』ということには、このような効能効果があったのですね。

私は今に至るまで、知らず知らずのうちに、これらの大事な効能効果を切り捨ててきたのだなぁと改めて感じました。

特に、『人に伝える作業を通して、全体を俯瞰したうえでその仕事の役割を考え、そして今後の戦略や自分の求める方向性を見極めることが出来る』という第二の効能効果に関しては、これまで抜け落ちていた視点でした。

ヤンデルさんやその他SNSで活躍されている皆さんに感化され、「社会に役立つ発信を」と息巻いていましたが、まずは等身大の自分を発信することが今の私にとって『ケア』になるのではと感じています。


改めまして、まずは今の私の仕事の概略図をお伝えしたいと思います。

私は、現在アメリカでPET (positron emission tomography)という医療画像技術を用いた研究に従事しています。

このPETという技術では、放射性同位体を含むように化学合成した薬物を、ごく少量体内に投与し、その分布の経時的な変化を3D画像として記録することが出来ます。

薬剤を使い分けることによって、検査薬物の親和性に応じた特定のタンパクの体内分布を推定することが可能で、私のいる施設は特に脳内のレセプターやトランスポーターをイメージングするのが得意です。

ご想像の通り、生命科学の研究分野としては相当なニッチであり、専門学会のメンバーはみんな顔見知りというほどです。

今の私の仕事を適切なサイズ感で表現可能な単語が見当たらないのですが、あえて表現するならば、「PET製剤を用いた脳内分子イメージング分野の科学研究員」でしょうか。

この武器をいかに使って何と戦うのか、その戦略で研究者の個性が分かれるところで、将来的に私は脳の局所機能やその巨視的なネットワークの解明に用いていきたいと考えています。

個人的には心躍る研究テーマであり、ヤンデルさんとのやり取りを通して、より具体的なお話をしていけたらなぁと思っています。


ヤンデルさんのお便りを何度も読み返し、この文章を書いているだけで、何だか頭がすっきりしました。

人に伝えることをしようとすることで、自分を全体像の中で正しく俯瞰し、戦略や方向性を冷静に考えることが出来る。

これはものすごい発見ですね。

(2019.7.22 タク → ヤンデルさん)

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