二つの山は同時に登れるか
ヤンデルさん
函館山のたとえ話、気に入って頂けて嬉しいです。
自分の発明ではないところが、少し残念ではありますが…。
講演会や学会で何度か聞いたことのあるたとえ話なので、核医学界隈ではそこそこ有名なのではないかなぁと思います。
こういう表現が自分の中から出てくるようになりたいものです。
さて、今日はPETを極めるとどうなるかという話です。
自分の熱量が空回りしないか、少し心配ですね。
高校生の頃、あんまり大きな声で好きだと言えない漫画にはまってしまって(具体的になんだったかはちょっと伏せておきます)、その漫画を友達に勧めたいんだけど、あんまり情熱を込めると引かれちゃうだろうなと思って敢えて冷静を装ったあの日を思い出します。
「まぁ、割と面白かったかな。良かったら3巻くらいまで貸すよ?」と言って相手の出方を伺いながら、実はカバンの中には紙袋に入った3巻分の漫画を準備していたんですよね。
その作家の他の作品との関連性とか、作品が出来た背景といったマニアックなことには切り込まないように気を付けながら、友達が気になりそうな単語をちりばめて全体の雰囲気やストーリー展開の秀逸さを話します。
少しでも興味を持ってくれたら、すかさずカバンから紙袋を取り出して持って帰ってもらう。
「面白かったね。」と次の日に言ってもらえたら大成功です。
今日はその気持ちで書いてみようと思っています。
前回お話したとおり、FDG-PETは全身の『糖代謝』を見るための機能画像検査でした。
それががんを見つけるのにとても有用だったので、一気に市民権を得たのですが、機能画像の歴史は長く、実は他にも色々な機能を画像化することが出来ます。
例えば、今私の研究しているのは脳の機能検査で、脳にたくさんある受容体というものの分布をみることが出来ます。
神経細胞と神経細胞はシナプスを介してコミュニケーションしており、そのシナプスの情報伝達に使われるのが受容体です。
その受容体の広がりを画像で見ると、脳の中にある数百億個の神経細胞が互いに複雑に繋がり合って、外界から入ってくる情報を瞬時に処理しているんだなぁと感じます。
指先から心臓までのリンパ液の流れを見ることもできます。
リンパ液、ヤンデルさんが少し前のブログで分かりやすく、活き活きと表現されていましたよね。(https://dryandel.blogspot.com/2019/08/350.html?m=1)
丁寧に説明するっていうのはこうしなきゃいけないんだなぁと思いました。
指の間にリンパ液用の検査薬をちょっと注射すると、そのトロトロのリンパ液がゆっくりとリンパ管に集まって、ゾロゾロと心臓に戻っていくのが見えます。
また、骨のターンオーバーを見る検査もあります。
骨は全く形が変わらないように見えるのに、毎日壊されては作られ、作られては壊され、を繰り返しているんだなぁということが分かります。
息を吸った時に肺のどこにどのくらい空気が入っていくかや、腎臓からおしっこが作られて、膀胱に溜められていく様子なんかも画像にできます。
そうそう、FDG-PET検査の待ち時間におしゃべりすると、声帯の周りにFDGが集まるんですよ。
しゃべると声帯を震わせるのにたくさん筋肉を使う、つまりそこの筋肉が沢山糖分を使うので。
機能画像の種類は、医学全体の進歩とともに増えていて、医学の発展の結果を画像として見ているのだと考えると、奥深いなぁと思うのです。
撮影する装置は同じでも、新しい薬が開発されると一気に機能が拡張します。
パソコンとソフトウェア、スマホとアプリの関係のようです。
何を見るかには無限の可能性が広がっており、見れる機能を一つ一つ増やしていく、それが機能画像を極めていく一つの王道だと言えます。
また、前回のお手紙では、理想的な機能画像はその機能だけが光って見える(他の部分は暗い)コントラストの高い検査だとお答えしました。
それが極まった時、新しい扉が開きます。
それをTheranostics、セラノスティックスといいます。
「治療の」(therapeutic)と「診断の」(diagnostic)を組み合わせた造語で、診断と治療が融合した技術全般を指します。
古くからある概念なのですが、近年新しい薬が開発されたこともあり、がんの新しい治療として、注目度が上がってきました。
セラノスティックスで一番大事なのは、がん細胞だけに集まる薬を見つけることです。
がんを見つけるのに有効なFDGも、セラノスティックスにおいては役不足でした。
がんだけではなくて他の細胞もブドウ糖を使うからです。
例えば脳は常に大量のブドウ糖を使います。
もっと、がん細胞だけがもつ特徴を的確に捉えなくてはいけません。
言うは易しですが、がん細胞は普通の細胞と概ねソックリなのでかなり難しい作業です。
日本中の中高校生の中から魔法少女を見つけるくらい難しいかもしれません。
彼女たちがきっと隠し持っているであろう、魔法のコンパクトとか、音の出るタクトとか、光の出るカスタネットとか、ソウルジェムといった、とても特徴的な何かを見つけ出さなくてはいけません。
そのような理想的ながん特異的標的薬(図中の◇)を見つけることが出来れば、次の段階に進めます。
次の段階では、その薬に核種という放射線を出す原子を付けます。
不安定同位体というやつです。
苦手に感じる方が多いのでサラッと行きたいのですが、少しおさらいをすると、不安定同位体とは状態が非常に不安定な原子のことで、放射線を出して安定な状態になろうとします。
その時出る放射線には3つの種類があって、α(アルファ)線、β(ベータ)線、γ(ガンマ)線といいます。
γ線は体を透過して外に出て来れるので、薬を体の中に注射した後、薬が何処にあるか、つまりがん細胞がどこにいるか教えてくれます。(診断)
一方で、残りの二つは、核種から数μm~mmの範囲にだけありったけのエネルギーをぶつけるので、がん細胞にくっついて攻撃するのに向いています。薬を乗り物にしてがん細胞に近づき、物理で殴るイメージです。(治療)
この原理によって、同じ薬で、診断も治療も可能になるのです。
セラノスティックスは理想的な薬が開発されれば、抗がん剤のような全身治療でありながら、正常臓器に与える影響を最小限にして、がん細胞を局所的に叩くことが出来る可能性のある治療法です。
現在、いくつかの比較的特徴的な種類のがんでは、うまくを薬を作ることに成功しており、近年、新たに前立腺癌に対するセラノスティックスが発表されました。
この治療成績はこれまでのセラノスティックスと比較しても目を見張る結果で、大きく注目されています。(http://www.snmmi.org/NewsPublications/NewsDetail.aspx?ItemNumber=29483)
前立腺癌へのセラノスティックスは核医学界隈には衝撃をもって受け入れられ、日本の核医学に関係する医薬品開発を行っている企業はセラノスティックスに大きく舵を切っているとも聞きます。
以上、PETを含める核医学を極めると見えてくる未来でした。
核医学を極めると、より多くの機能を画像にすることが出来るようになります。
そして、がん治療の新たな戦略を手に入れることが出来るかもしれない。
これが、核医学研究が目指す二つの道のりだと思っています。
(2019.8.19 タク → ヤンデルさん)