アシュタールさん、ご質問を頂きました。
「はい、こんにちは。
この部分、素晴らしいですね。
あなたはとても良く理解されているようです。まずはそのことをお喜び申し上げます。
あなたのおっしゃる通り、嫌なことから逃げても別のパターンで同じ課題に向かわされる、というのはとてもよくあるプログラミングです。
そうですね。少し視点を変えてみましょう。
あなたは何度もお相手にそれをされるのは嫌だという意思表示をしました。でも、伝わっていません。
もしあなたが言語でしっかりと嫌だという意思表示をしているのに、それが伝わっていないのであれば、次は行動で示す、というのは良い方法だと思います。
ええ、つまり殴りつける…冗談です。距離を置く、というような…。
あなたに距離を置かれたことで、お相手は自分の行動を振り返るきっかけになるかもしれません。それはギフトです。そして’’逃げ’’にも相当しないと思うですが、いかがでしょうか?
距離を置きながらもお相手の学びの過程であることを知り、思いやり、応援する気持ちを持つことは出来ると思いますし、距離を置いたほうが無理なくそのようなお気持ちを持てるかもしれません。
これで回答になりましたでしょうか?」
追加のご質問などあれば、コメント欄へどうぞー。
(前後しちゃたけど)次のご質問です。
「このような時、地球上の言葉では’’ご愁傷様でした’’というのでしたっけ。
では言いましょう、ご愁傷様でした。
親しい方が旅立った時、憂いや痛みを感じるのはあなたがたにとって正常な反応です。もしそれが黄泉の国ではなく、国際結婚や夢を叶えるという目的のための海外(コンゴ共和国あたり)への旅ならどうでしょう?
やはりほんの少しの憂いと痛みを感じるのではないでしょうか?
そしてそれよりももっと大きな応援する気持ち、晴々したおめでとうと思うような気持ちなどを感じるのではないでしょうか?
死について理解が進めば、そのような感覚にかわってきますよ。大丈夫です。」
コンゴ共和国w
いきなりコンゴ共和国ww
どっから出てきたん、コンゴ共和国ってwww
「黄泉の国はあなた方にとってアメリカに行くのより少し遠いでしょう?妥当な例だと思いました。冗談です。」
ですってー。
追加のご質問などあればコメント欄へどうぞー。